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生きながらフリッカーに葬られ

Buried Alive In The Bogus


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生きているうちに自分の墓穴を掘っておく ~熊代亨 『融解する オタク・サブカル・ヤンキー』をめぐって

  1. 2014/10/15(水) 23:31:03|
  2. サブカル
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
盆すぎに、うちの飼い猫の様態が急変した。
ここ十七年、仕事から帰ってきたわたしを猫が出迎えてくれるのが日常になっていたのだが、よたよたと倒れかけながら
玄関に歩みよってくる猫の姿を見たときは、血の気が引いた。昨日までは元気に跳んだり走ったりしていただけに、その
急変は悲しみよりも先に恐怖とパニックの感情をもたらした。すぐにひっつかんで病院に行き、一ヶ月の投薬のあと、
いまは小康状態を保っているが、なんとなくこのままずっとつづくのではないかと呑気に思っていた猫との蜜月が、
いつか終わりがくるものであることを思い知らされ、そのことが頭から去ることが無く、ペットロスの前払いのような、
気の晴れない日々がつづいている。理不尽だとは思うが、こればかりは仕方がない。猫の命を思いっきり愛おしむ
日々を(わずかかもしれないが)与えられて、感謝したい気持ちでいっぱいだ。あのまま急死でもされていたら、
二度と立ち上がることができなかっただろう。

この件に関しては、Twitterに経緯を書きまくったこともあり、いろんな方からご心配と励ましのおことばをいただいた。
そのうちの一人、自身も先に愛猫を亡くしたという、知人のことばが忘れられない。
「最近、やたらとあちこちで同じような話を聞くんだよね。みんな二十代の頃に、いっせいに猫を飼いだしてさ、
深い考えもなしに。それが同じように老けていって、いっせいに亡くなっていくの。あんただけじゃないんだよ」

ああ、と腑に落ちるものがあった。
知人との会話のあとで、うちの猫の血統書を開いてみた。
1997年10月24日生まれ。
1997年がどんな年だったか。
1993年頃から始まった不況が四年目を迎え、うちの猫が生まれた一ヶ月後には山一証券が破綻する。
だけど、いまではあの事件を終わりの始まりと見る人よりも、「不況って云いながらあの頃はまだ余裕があったなぁ」と
述懐する人の方が多いのではないか。まさか不況などという世界の動きが、自分の内懐まで切りつけるなんて思いも
よらず、可処分所得はいまよりずっと多く、バブルがはじけたはじけたと騒がれながら、どこか余裕があったあの日々。

オウムと阪神淡路大地震から二年、酒鬼薔薇聖斗が紙面を賑わせ、この世界はヤバくなっているんじゃないか、という
のが前提ではなく仮定でしかなかったあの日々。

ファイナルファンタジー7が発売され、ドラクエ7のプラットフォームであることも決定した初代プレイステーションの
出荷台数が500万台を突破し、それでもわたしを含めた熱心なセガ者は、プリンセスクラウン、カルドセプト、
ソウルハッカーズ、ゼルドナーシルト、初代ギレンの野望、AZELといった、いま思い返しても魂が震えるような
傑作をつぎつぎとリリースするセガサターンの勝利を信じて疑わなかった。

そういえばたまごっちブームがあったのもこの年で、同年放送の「踊る大捜査線」が作中でさっそくそれを取り上げたり
している。

マンガの世界では「うしおととら」「ダイの大冒険」という、すさまじい終盤の盛り上がりを見せた傑作二本が前年に
連載終了し、自分の中ではちょっとした狭間の時期だった。おかげでこの年のマンガのことはおぼろげにしか覚えて
いないが、ONE PIECE連載一回目の「あのコマ」のインパクトだけは未だに強烈に残っている。

CDバブルがはじまり、華原朋美が三作連続でミリオンセラーを叩きだし(信じられない!)、GLAYのベストアルバムが
450万枚(!)を売りさばいて、ベストアルバムブームが始まった。

なによりもうちの猫が生まれたのは、
『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に』の公開の三ヶ月後だ。

それはサブカルチャーにとっては盛夏の候だった。傾きかけた世界をよそに、「セカイ」は花盛りで、話題には
事欠かなかったと云っていい。

わたしたちには猖獗を極める(変な表現だが他に思い浮かぶことばがない)コンテンツの乱れ撃ちを、すべて受け止める
だけの経済的余裕も時間的余裕もあった。なかったのはコンテンツの豊穣の海に溺れる自分を省みる俯瞰的視点だけ
だった。エヴァの謎本は山ほど本屋に並んでいたが、コンビニのレジでファイナルファンタジー7を受け取ることのできる
世界の謎については誰も解き明かしてはくれなかった。

バブルがはじけたばかりだと云うのに、わたしたちは性懲りもなく、この豊穣がずっとつづくと「なんとなく」思っていた。
ビューティフルドリーマーの「終わらない文化祭」は、エヴァの「終わらない夏」へと引き継がれ、ごく自然にオタクの
一般的心象風景として認知された。死は認める。老化は認めない。変化はありえない。そんな世界観。

いま思えば、だが。
わたしが猫を飼ったのも、蕩尽をきわめたコンテンツ消費のひとつだったと云えなくもない。
エヴァの謎を考察するほど深くには、わたしたちは自分の孤独をつきつめて考えてはみなかった。
無限に湧き出るコンテンツで内面の空白を埋める、というスタイルはすでにその頃には完成されていた。
ペットショップで一目惚れしたアメリカンショートヘアーに七万円を出すだけの経済的余裕がその頃のわたしにはあった。
その猫と十七年にわたる付き合いになるとは思いもよらないし、代替可能な消費的コンテンツではなく、自分の分身と
思えるほどの存在になるとはまったく考えていなかった。

そしてその猫が、ふいに消えてなくなるのではなく、劇的な死を迎えるのでもなく、ゆっくりと老いていき、目の前で
死に向かってゆっくりと一歩、一歩、死へと近づいていく様を見せられるとは夢にも思わなかった。
セカンドインパクトで地軸が変化し、永遠の夏がつづく世界ではそんなことはありえなかったから。

熊代亨 『融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論』を読んだ。
昨今はファスト風土流行りで、Twitterでもそれに関するツイートを頻繁に目にする。三浦展さんの『ファスト風土化
する日本』は、いくぶん強引なデータの結論への結びつけ方も含めて、大好きな本で、それ以降出るファスト風土論
も目につく限りは手にとるようにしている。

が、熊代さんのこの本は、サブタイトルに反して、ファスト風土に適応した昨今の若者の風俗その他に言及するよりも
多くのページを、いまや中年を越えて老人へと片足を踏み込んでいる、シニア世代のオタクの今後の身の振り方
(著者曰くの“軟着陸”)に割いていて、事前に予想していたものとはだいぶ違う読後感となった。
著者自身があとがきで述べているように、ずっと第一線のアーケードゲーマーとして張ってきた自分が、反射神経の
衰えにより「引退」を決意せざるを得なくなった、その苦い経験が本書をタイトルとはだいぶずれた、歪んだ方向へと
導いている。その歪みが人間くさくてわたしは好きだ。なにより著者の経験の裏打ちがあるから説得力もある。


「終わりなき日常」「終わりなき夏休み」といったフレーズが流通していた90~00年代の頃は、人生の春や夏にも
終わりがあるという事実は多くの人に忘れられ、いつまでも夏休みのような、モラトリアムな暮らしが約束されて
いるような錯覚のうちに過ごすことができました。(略)しかし人生においても、社会においても、夏は終わりを
迎えようとしています。金銭的余裕や思春期モラトリアムによって棚上げされ続けていた諸々の現実が、四半世紀
を経た今、私達を迎えにきたのです
                            熊代亨 『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』157ページ


わたしに取って、「迎えにきた現実」とは、玄関にむかってよたよたと歩いてくる猫の姿だった。
わたしと、猫と、サブカルチャーは、十七年のあいだに、それだけの齢を重ねた。
わたしだけがそれに目を背けていた。現実に目を背けられなくなるその日までは。

だからわたしにとって猫とサブカルチャーは、同じように目を塞いで生きてきた日々の同士なのだ。
だから、この文章の冒頭を、こんな風に置き換えてみてもいい。

ここ十七年、仕事から帰ってきたわたしをサブカルが出迎えてくれるのが日常になっていたのだが、
よたよたと倒れかけながら玄関に歩みよってくるサブカルの姿を見たときは、血の気が引いた。
昨日までは元気に跳んだり走ったりしていただけに、その急変は悲しみよりも先に恐怖とパニックの感情をもたらした。
なんとなくこのままずっとつづくのではないかと呑気に思っていたサブカルとの蜜月が、
いつか終わりがくるものであることを思い知らされ、そのことが頭から去ることが無く、
コンテンツロス(なんだそれ)の前払いのような、気の晴れない日々がつづいている。
理不尽だとは思うが、こればかりは仕方がない。
サブカルの命を思いっきり愛おしむ日々を与えられて、感謝したい気持ちでいっぱいだ。


そういえば先月、日本で発売されたばかりのXBOX ONEを買った。
メガドライブ、サターン、ドリームキャスト、XBOX、XBOX360……とつづいたわたしの楽しい負けハード人生に語り
はじめると長くなるので割愛するが、いままでのXBOXシリーズに比べてもONEの本体はひたすらに重く、GEOから
の帰り道、筋肉の衰えはじめた両手に抱えたONEの重さが、別の意味をもって感じられた。
それはたとえていうなら、ピンク・フロイド「ドッグ」の歌詞の一節のような。
年を取って南へ逃げた男が、自分の背負った石の重みに耐えきれずに死んでいく……。
現実問題として、マイクロソフトが次のゲームハードを発売したとき、そのときのわたしにはハードの箱を自宅まで
運ぶ握力は残っていないと思う。
自分がいつか死ぬのは仕方がない。
しかしジ・エルダー・スクロールシリーズの次作をプレイする前におっ死ぬかと思うとさすがに無念だ。
おお、遙かなるエルスウェアーよ。カジートの大地よ。
未知なる冒険に彩られた、高画質の世界が目の前に広がったとき、わたしの目は老眼で、ゲームなどできないかも
しれない。
うちの猫が死んで、それから先遠くない未来に、わたしは目尻の皺を涙で埋め尽くしながら、コントローラーを静かに
置くだろう。
それでも……いままで親しんできた物語の中で、老人たちの世界がそう描かれてきたように、
若き日の記憶が、昨日のことのようにはっきりと蘇る、そんな世界が老人のものであるならば。
わたしは楽しみにしているのだ。
メガドライブで大戦略をプレイして、「PC98版より出来が良い!」と驚いた記憶や。
コンビニの店先で立ち読みした「うしおととら」のトンネルの話に背筋が震えたあの記憶や。
明かりを消した部屋の中でThe Smithsのファーストを聴き、モリッシーの声に癒された記憶が。
鮮やかに蘇ってくるならば、そんな老後も悪くないじゃないか。

フリードリヒ・フォン・シラーは鼻で笑うだろう。ひとりの友の友になるという成功を成し遂げなかったわたしを。
ひとりの妻を勝ち取るという勝利を得なかったわたしを。
歓喜の輪から泣きながら去っていけと、石を投げてわたしを追い払うだろう。
知っている、理由はわからないけれど。
聖ペドロはきっとオタクの名前を呼ばない。

福岡に承天寺という寺がある。施餓鬼棚の由来のある寺で、江戸時代の飢饉の記録が標示に記されていたのだが、
なんの飢饉かは忘れたが、三十年に渡る飢饉があったと知って、愕然とした記憶がある。
世界に生まれ、腹一杯にごはんを食べるという経験をいちどもせずに死んでいった人がいる。
どんな感覚かは想像もできない。冬の時代に生まれた人々だ。
世界に生まれ、誰にも触れ合わず、コンテンツだけを消費して死んでいくわたしたちがいる。
どんな感覚かはわたしたち以前の世代の人々には想像もできないだろう。ただの幸運で夏の終わりに生まれたわたしだ。

映画でも、ゲームでも、アニメでもいい。
もはや若い人たちのようにアンテナを鋭く張って、最先端のコンテンツを強欲に追い求める体力はわたしには残っていない
それでもわたしは自分のことを、いま、最前線に立つ人間だと思っている。
コンテンツ消費が当たり前になった世界を真っ先に享受し、真っ先に老いに直面し、真っ先に墓に入る人間だと。
もちろんわたしより前の世代で「趣味に生きた」人はいただろう。かっこよくディレッタントと呼ばれる人々だ。
だが彼らは趣味の世界に生き、その生活に首まで浸かって死んでいくことについて、何の教訓も残してくれなかった
ように思う。
渋澤達彦は、最後に書斎にならんだ蔵書や資料を眺めながら、なにを考えていたのだろう。
いまでも気になっているのだけれども、野田“大元帥”昌宏の膨大なSF雑誌の蔵書はどこかにアーカイヴされているの
だろうか?
彼らはわたしたちの日々を豊かにはしてくれたけれども、老いていくその先の日々の過ごし方について教訓を与えては
くれなかった。

だからわたしは、「死んでいくオタク」の最先端に立つ人間として、これまでコンテンツを消費してきたのと同じくらいの
情熱を持って、コンテンツに埋もれた自分を埋める、墓穴を掘ろうと思うのだ。
誰かの愛情を勝ち取ることを知らなかったわたしたちは。
愛するものの寝息に耳をそばだてながら眠ることの安息を知らなかったわたしたちは。
せめて自分の愛した、情熱を注いだコンテンツを自分とともに葬るための墓穴を掘るのだ。
タヒチでは死者のために穴を二つ掘るそうだ。屍骸を葬るためと、その死者の罪を葬るため。
自らの屍体の処理なんて自分じゃどうしようもないから、わたしたちはせめて自分が愛したものたちの墓穴を
生きているうちに掘ろう。

シラーが門の前で唾を吐いてくる天国に入れなかったなら、
わたしたちは忘れられたコンテンツ、捨てられたコンテンツ、世に出なかったコンテンツが眠る、最後の物たちの国に行こう
棚にならんだ山ほどのDVDやゲームソフトやマンガや小説の記憶とともに、夕暮れの旅に出よう。
そんなに死に急ぐことはないけれど、その準備だけでもしておこうじゃないか。
人生の先達として、らしいことはなにひとつ若い人たちにしてあげられなかったから。
せめてその死に様でも見せておこうじゃないか。

中学生の頃にノートの片隅に書いたこの世にはない世界の地図や。
90年代に富士見書房に山ほど送られてシュレッダーのエサになったファンタジー小説や。
日本で三人くらいしかタイトルを知らないゾンビ映画の記憶とともに。

奇妙な道だとしても、ぼくらはそちらの方へむかうよ(Strangeways, Here We Come)。
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相対化される女たち ~『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』をめぐって

  1. 2013/08/18(日) 14:32:49|
  2. サブカル
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
111.jpg

こんなコピペをご存じだろうか?

・反戦してる連中を鼻で笑う
・自称笑いに関してはうるさい
・やたらクリエイター系の友達(コネクション)を作りたがる
・旅行は東南アジアやインドに行きたがる。 聞いてもいないのに冒険話を語りだす。ツアーを否定してる。
・自称アナログ主義者(カメラ、AV機器、時計等)
・写真に興味があり、写真に一々うるさい
・フジロック、サマソニ、ロックインジャパン、等のフェスにとりあえず行ってたりする

 映画監督:塚本晋也、北野武、森田芳光、岩井俊二、SABU、 石井克人、石井聰亙、青山真治、黒澤清、
      ヴェンダース、 キューブリック、フェリーニ、デビッドリンチ他短編、単館、マイナー映画
 音楽  :YUKI、CHARA、林檎、FPM、小島麻由美、テイトウワ、ブランキー、 ギターウルフ、
      ラブサイケデリコ、ハイロウズ、ゆらゆら帝国、UA、 スカパラ、くるり、フィッシュマンズ、
      エゴラッピン、ナンバーガール、 スーパーカー、ハイスタ、イースタンユース、コーネリアス、
      フリッパーズギター、 ミッシェルガンエレファント、175R、ブラフマン、SOBAT、
      他自称コア系バンドとやら
 ファッション:ヘッドポーター、N(N)、U、BAPE、HECTIC、バランス、 ビームス、ハリウッドランチマーケット
 漫画  :松本太陽、井上三太、大友克洋、安野モヨコ、岡崎京子、高野文子
 ドラマ :濱マイク、探偵物語、TRICK、ケイゾク、踊る大捜査線
 本   :Emily the Strange
 人物  :浅野、永瀬、窪塚、柴崎コウ、土屋アンナ、よっぴー、今宿、 中谷美紀、古田新太、竹中直人、
      ヒロミックス、はな、
 雑誌  :STUDIO VOICE 、relax、Snoozer、cut、Hとかのロキノン系雑誌
 家具家電:イームズのチェア(椅子と言わない)、ミッドセンチュリーモノ、 アテハカ、BOSE
 バイク :トラッカー系(TW、FTR等)、SR、ベスパ、ビッグスクータ、ズーマー
 自転車 :プジョー、他BMXや小径車


わたしが初めてこのコピペを見たのは、ゼロ年代の終わり頃だった。まだ2010年にはなっていなかったと思う。
一見して、そのディテールの量に圧倒されて、その「意味」はストレートに伝わってこなかった。
このコピペは一種の「ライフスタイルの指針」であり、「このコピペの通りの趣味を持てばイケてるよ、と親切に教えてくれるもの」かと思っていたくらいだ。
どうやらこれが「サブカル」と呼ばれる人々を揶揄するために作られたものだと気づいたのはしばらく後だ。
揶揄としては弱いな、と思った。たとえばわたしみたいにこのコピペを「イケてるわたし作りの指南書」だと
受け取る人間は少数派でも、この膨大なディテールの蓄積からひとつの人物像をこころの中に結べて、
それを嘲笑へと結びつけることが可能な人もまた少数派だろう。
揶揄としては弱い、という直感の通り、さまざまなネガティブなdisがまかり通るネット流行語の世界で、
このコピペはあっという間に埋もれていった。

渋谷直角さんの話題の本、『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生」を読んだ
とき、真っ先に思い浮かんだのは先のコピペのことだった。あのコピペが一画面に収まらないほどの情報量に
溢れている意味も、やっとわかった。

表題作、「カフェで~」のストーリーをちょっと書き出してみる。

主人公、カーミィは「渋谷系」直系らしいバンドのボーカルで、プロを目指す女の子。
プロと書いたが、彼女が目標とするところは詳細に決定されている。CDデビューのあとはユニクロのCM曲をやり、
中田ヤスタカと小西さんにプロデュースしてもらって、アパレルブランドも立ち上げて、TVブロスで連載を持ち
最終的には「カーミィという職業」に至りたいというのが彼女の野望だ。
彼女は野心は「有名になる」ことだ。「そのためなら手段も選ばない」。
彼女にはラーメン屋でバイトをしている彼氏がいるが、野望のためにあっさり捨ててしまう。
曲を作って貰うためにバンドのメンバーに抱かれ、タイトルにあるJ-POPのボサノヴァカバーのCDに参加するため
に、イケメンのインディーレーベル社長に小便をかけられることさえ厭わない。
彼女の野望は思わぬ顛末を辿り……というのがおおまかなストーリー。

シンプルな絵柄だが、背景やちょっとした小物といったディテールが異様に細かいのがこのマンガの特徴だ。
例えばボサノヴァカバーのCDを出すために、インディーレーベル社長にカーミィが抱かれるホテルの名前が
「HOTEL ポンヌフ」だったりするのは乾いた笑いを呼ぶ。
その他にも、カーミィのCDラック(にしているカラーケース?)に並んでいるのが、CHARA、UA、レベッカ、
BONNIE PINKだったりするのも「うわー」という感じで辛い。とどめは物語のラスト、行きつくところまで行きついた
カーミィはクロックスのサンダルを履いているのだ。

ここには、わたしがゼロ年代に出会ったあのコピペのように、「ディテールの莫大な積み重ねによって人を揶揄」
しようという明快な意志がある。おそらくは、そのような「ディテールの莫大の積み重ね」によって自らの人生を
隔離した人々が実際にいて、そのような人々を揶揄するには、先のコピペや渋谷直角さんの作品のように、
同じくディテールの積み重ねによって対抗するしかないのだろう。無数の手業がとびかうカンフー映画の攻防
を想起させられる。

それにしても手間が掛かっている。ディテールを積み上げながらストーリーを紡ぐのはかなりの労力が必要だった
はずだ。
そしてその労力の有無こそが、現実から目を背ける男と女への嘲笑の顕在化に至るまでの時間差を生んだ。


はじめてオタクということばが世に出るのは、漫画ブリッコ1983年6月号、中森明夫さんの激烈なエッセイ
「オタクの研究」によってだ。
その第一の特徴は、揶揄すべき対象が世に出てから、攻撃に至るまでのスパンの短さだ。
1983年といえば、ヤマト世代が生まれてからでさえまだ10年も経っていない。
この「オタクの研究」はオタクということばを生みだしたのみならず、オタクというものの記号化をその嚆矢で
なしとげた。コミュニケーション下手、「イトーヨーカドーや西武でママに買ってきてもらった980円均一、
1980円均一のスラックスを小粋に着こなし」、ショルダーバッグ、ガリ、白豚、おどおどした態度。
いまに至るまでに通用する「オタク」というものの記号化をその初っ端でなしとげた中森明夫氏の手腕には
驚かざるを得ない。それはともかく――。

1983年の「オタクの研究」は、未来を予言するようなこんなことばで締めくくられている。

  でもさぁ、結局世の中誰でも最後は結婚するんだよね。で『おたく』
は誰と結婚するのかなぁってずっと不思議だったんだけど、おそろしい
事実に気づいたね。なんとこれが、『おたく』は『おたくおんな』と結
婚して『おたくこども』を生むのであった。ジャンジャン。


ここに「おたくおんな」ということばが出てくる。「喪女」も「腐女子」も、そんなことばなんてありゃしない、
オタク文化の黎明期にだ。だが、恐らくは中森明夫さんの頭の中にも、「おたくおんな」の具体像は浮かんで
いなかったのではないかという気がする。微細を極めた「おたく男」のカリカチュアライズに極めて、具体的な
言及はほとんどない。

オタク男の記号は、広く人口に膾炙するほどに広まった。その中で、女の子たちは相対化の裁きからは逃れられた。
彼女たちは記号化されて嘲笑されることもなく、固く守られたシェルターの壁の中で安寧の日々を過ごした。
――かどうかは、女ではない筆者には知るべくもない。

とあれ、冒頭に挙げたコピペがぼんやりとした攻撃にしかならなかったくらい、現実逃避する女子については
長らくお目こぼしの状態がつづいていたのだが。が。

こと、去年から今年にかけて、立て続けに文化系女子に対して、揶揄、相対化の攻撃がつづいているのはどうした
ことだろう。だがその対象は中森明夫さんが存在を予知した「おたくおんな」ではなく。
「サブカルクソ野郎」(カフェで~帯裏の惹句より)だった。

eriko.gif
mika.gif

すでにみなさまおなじみであろうこの二人が、三十年、誰も踏み入れられなかった領域、すなわち
女性のネガティブな記号化をなしとげつつある気がする。
トゥギャッチにおける小野ほりでぃさんの連載には歴史的意義があると思う。
それまでにもたとえば安野モヨ子や内田春菊といった漫画家が、揶揄的な女性の記号化を行ってはいた。
だがそれはエリコちゃんとミカ先輩ほどには強烈なネガティブな輝きを放っていなかったように思う。

日本人であれば誰でも「オタク」と聞けば、「ああ……」と半笑いで馬鹿にしたようなうなずくだろう。
同じように「エリコちゃんとミカ先輩みたいな女」という一般化された記号が、これから女性を追い詰めて
いくのかもしれない。

それは男オタクが三十年、十字架として抱えていたものを女性にも背負ってもらうということだ。
眉をひそめる世間の目、揶揄とからかいと嘲笑。

これは時代の流れという気がする。正直、いまの時代の流れは誰にもやさしくない。
女性だからと相対化のお目こぼしを受けられる日々は、もう終わったということだろうか。
互いに互いを指さし、嘲笑うことが唯一の楽しみであるような虚しい日々。
そんな虚無しか未来にはないのだろうか。
そんなことはないと思う。冒頭のコピペに始まって、ここまで挙げてきたものには描かれなかったある要素がある。
それは、誰がなんといおうとどう評価しようとわたしはこれが好きという強い意志

カーミィは、結局のところ歌うことが好きではなかったのだ。
「ダウンタウン以外の芸人を基本認めていないお笑いマニアの楽園」の栗田くんも
「空の写真とバンプオブチキンの歌詞ばかりアップするブロガー」のケンちゃんも
自己表現の手段を持ちつつ、それはあくまで手段で、他人の目線なんて気にならないほどに好き、なものでは
なかった。

そこに唯一救いをもたらすのが「口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画」
の主人公だ。
彼の最後の選択、それこそが、この末法の世に残された唯一の希望だと思う。
大事なのは自分が好きなものをとことん愛すること。「幼いころ、あの映写室を愛したように」
成功というのはその先にひょっとしたらあるかもしれないが、おぼろげなものでしかない。
好きな物に触れて、好きな物とともに時間を過ごせた、そう感じられることだけが救いなのではないか。
よくやったってことの褒美は、よくやったってことだけなのだ。


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