生きながらフリッカーに葬られ

Buried Alive In The Bogus


ワールドウォーZ

  1. 2013/09/15(日) 10:25:35|
  2. 洋画
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 頭の上の照明が、パパッと二、三回すばやく点滅して、それから消えた。
 わたしはダイニングのテーブルの上にノートパソコンを広げて、“狩り”をしている最中だった。パソコンの画面に変化はなかったから、すぐに停電だとは気づかなかった。単なる蛍光灯切れかと思ったくらいだ。
 嫌な予感がして畳の間を振り返り、ここ数日昼夜をとわず砂嵐を流し続けていたテレビの液晶が真っ暗になっているのを見て、初めて事態の深刻さを思い知った。
 思い知ったが、わたしはダイニングの椅子から立ち上がることができなかった。
 事態を認めるのが怖かったのだ。だからテレビのスイッチを入れ直してみたり、冷蔵庫が動いているかたしかめてみたりするより先にわたしがやったのは、プレイ中の中国製ネットゲーム強風(チャンフェオン)オンラインの蜃気楼(シェンラオ)サーバーの太古市場で、いままでいちども使ったことのない「シャウトモード」を使って当てもなく呼びかけてみることだった。
 
/s きーみのーあたまのなかにーだれかいますかー!!!
/s シャウトはマナー違反! はいわたしウザい! 怒って誰か!
/s たったいま停電きたこれwwwパソコンのバッテリーが切れるまで三時間の命www
/s だーれかいませんかー! いないとお姉さん帰っちゃうよ!

市場にはマネキン状態でスリープして行商をしているプレイヤーの分身の姿はあれど、身動きしているアバターの姿はわたしの物しかなかった。
一週間前はすごかった。市場も狩り場も人で溢れてて、流言飛語が飛び交っていた。バジリスクの瞳やガーゴイルの肝臓の代わりに、リアルの世界の情報が高値で取り引きされてた。(ネトゲ通貨で)大枚はたいた知り合いのギルド員によれば、完全な詐欺だったらしいけれど。
三日くらい前から、アバターの数が急激に減った。狩り場ではレアモンスターが狩り放題だった。最後に人に会ったのは、一昨日の太古市場。大太刀を持ったその戦士は、「バルス」にさえ堪えたTwitterのサーバーが混乱の初日にダウンして、それっきり復活しないままだと教えてくれた。
いま、蜃気楼(シェンラオ)中に響いているわたしの叫びに、返してくれる人は一人もいなかった。ふと右下のタスクバーに目をやって、わたしはぎょっとした。自動充電していたパソコンのバッテリー残量がもう97%まで落ちていた。
わたしはあわててゲームを落とし、代わりにブラウザを立ち上げた。Yahooのトップページはまだ生き残っていた。だが更新は六日前で止まっている。ウィルス、蔓延、混乱、爆発、封鎖、そんな文字が躍っていた。いっきに気分が暗くなり、わたしはノートパソコンをシャットダウンした。これからは、よっぽど特別なときしかパソコンは立ち上げられない。
さもなければ、世界がちょっと前までのあの呑気な日々に戻るまでは。
わたしはリビングの椅子の背にもたれかかり、天井を見上げた。プリントTシャツに、ゴムの伸びたレギンス。嫁入り前の娘がする格好としては極限まで気を抜いている。バスルームは断水したときのための貯水用につかっているから、もう一週間もお風呂に入っていない。からだがべとべとして気持ち悪い。いま自分の肌がどんなことになっているのか鏡を見るのも恐ろしい。だがそんなことよりも――。
天井の照明が、切れてしまった。
ここ数日、わたしは部屋中の明かりをつけっぱなしにしないと眠れなかった。真っ暗な中でひとりきり、遠くから聞こえてくる悲鳴や爆発音に耳をすませているのはとても恐ろしく、そんな状態ではとても眠れなかった。
今夜からは、暗闇か、せいぜいロウソクの炎くらいを頼りに、夜をすごさないといけない。
いまはそのことについて考えたくなかった。
わたしは立ち上がった。ブラインドを降ろした窓に近づく。ブラインドの羽根のすきまはガムテープで塞いであった。テープを一枚、すこしだけ剥がしてみる。
 わずかな隙間から、空にむかって立ち上がる黒煙が見えた。
 三日前に、街の西側で上がった火の手は、まだ勢いが収まっていないようだ。わたしが住んでいる場所とは川を挟んでいるから、火の手がこちらまでくることは考えにくいけれど、それでも消防車のサイレンを最後に聞いてからもうずいぶんと経つ。そこにあって当たり前だと思っていた公共サービスが麻痺している証明を目にするのは、恐ろしかった。
 視界の下方を、黒い影がいくつも素早く過ぎった。
 背筋を悪寒が奔り、わたしはあわててテープを元の位置に戻す。
 窓のそばに立つと、ゴムや合成樹脂が燃えたあとのような異臭がかすかにただよってくる。昨夜、雨が降ってから、腐臭はそれほど強くなくなった。でも明日あたり陽が照れば、また匂いに悩まされる日々が戻ってくるかもしれない。
 わたしは窓に背を向けて、冷蔵庫の前に立つ。ドアを開けたら、案の定、中は真っ暗だった。といっても足の速い生鮮食品なんかは、最初の数日にたいがい食べてしまっているから、さほど影響はない。わたしはウィダーインゼリーをひとつ手に取り、封を切って、口に突っこんだ。もう、食料の予備が、あまりない……これも、目を背けたかった現実のうちのひとつ。
 ふいに部屋の中に大きな音が響いて、わたしは思わずゼリーの容器を落とす。
 割れた頭蓋骨から飛び散る脳漿のように、ゼリーが台所の床に散らばった。
 また響く。玄関のドアだ。誰かが……あるいはなにかが、ノックしている。
「だ、誰?」
 思わず声を出してしまい、何重もの意味で自分に驚いた。
 わたしの声、ちいさっ。生身の人間ともう、五日もしゃべってないから……。
 だいたい、相手が何者か、何人いるのかもわからずに、声を出すなんて不用心すぎる。
 それでも止められなかった。わたしの脳は「シャウトモード」のままだった。
 このまま一人でいるくらいなら、あいつらに脳味噌を囓られた方がいい。
 また、ノックの音が響く。
「ねぇ、誰?……人間」
 ドアのむこうからは、沈黙しか伝わってこない。
 覗き穴に近づく勇気もなく(郵便受けから手を突っこまれたらどうする)、わたしはしばらく塗装が剥げかけたコバルトブルーのドアを睨みつけていた。
 返事はない。
 いらいらと裸足で足踏みをすること、数分、わたしはついにキレて、ドアにむかって人差し指を突きつけた。
「いいかげんにしなさいよ!」
 せいいっぱいの声を張り上げる。
「こっちだってねぇ、この街で一人暮らしして五年目なのよ。意味もなくドアを開けるような世間知らずじゃねェよ! 名乗りなさいよ!」
 かっと耳が赤くなった。自分の失言に気づいたからだ。
「いや、違うっ、女の一人暮らしっても、彼氏はいるから彼氏は。きょうはチーズフォンデュなんだけど鍋がなかったから! いま取りに行ってるから! すぐ戻るから!」
 喋れば喋るほど墓穴を掘っている気がする。ちなみにチーズフォンデュの鍋を取りに行くと出て行った彼氏がいたのは本当だ。背中をむけて、怒った口調でそう云った。数時間後に電話があって、ずっと前から好きだった女の子がいる。部屋の中の自分のものは捨てておいてくれと言い捨てていった。
 ええい、そんなことはどうでもいい。
 わたしはさっきまで感じていたのとは違う種類の恐怖に、指先が痺れるような感覚を味わっていた。ここまで喋りかけて反応がないってことは……相手は人じゃないんじゃないだろうか。
 武器は文化包丁とチャッカマンしかない。
 どうする。玄関前に陣取られては身動きが取れない。戦うか――唇を噛みしめながら考え込んでいたとき、もういちどドアがノックされた。
 わたしはとびつくようにして玄関のノブにしがみつき、ロックをはずした。ドアチェーンを外して、ドアを内側に開く。
 ドアがノックされたリズム――それはゴッドファーザーのテーマ曲のリズムだった。人間だ。
 どさりと重い感覚と共に、人が玄関に倒れ込んでいた。
 ジャケットにチノパンという姿の、中年男だった。口元のまわりは無精髭で覆われていた。無精髭に、血が散っていた。血は、男のジャケットの襟元も赤く染めている。
 玄関に寝転がったまま、震える腕を上げて、男はiphoneを口元に持っていった。
「2013年9月15日。ワールドウォーZ、レビュー」
 男は独り言のような調子で、iphoneに呟いている。わたしは一瞬、唖然とし、それからすぐに気を取り直した。
「入るなら早く入って! ドアを閉めなきゃ!」
 わたしは男の両肩に手をやって、そのからだを玄関に引きずり込んだ。加齢臭と汗の混ざった匂いが鼻をついた。
「世界がこんな風になった今、映画のレビューを語ることにどれほどの意味があるのかわからない」
 男はまだ電話機にむかって喋り続けている。
「早くドアを閉めなきゃあいつらが入ってくるってば!」
「でもこんな今だからこそ、この映画について語る意味はあるのかも知れない。ゾンビに囲まれた中で状況で語ることで、この映画への批評は意味を持つ。なぜならこれがゾンビ映画でありながらゾンビを疎外した映画だからだ。話題になった宣伝のことばかりじゃない。本編からも、可能な限りゾンビは疎外されている……」
 廊下の向こう側から、呻るような声が聞こえてきた。
 鳥肌が立った。獣のような声。だけれど獣じゃない。
 私は腕を伸ばし、思いっきりドアを引いて閉めた。ロックをして、チェーンをかける。
 その数秒後、金属を叩く鋭い音が部屋中に響いた。
 あいつらが、ドアのむこうで殺気だっているのだ。
「どうしてくれんのよ! あんたが連れてきたようなもんじゃない!」
 わたしは思わず、上半身を起こした男の肩を蹴る。男はよろりと半身を揺らし、それでも震える片手をまた上げて、iphoneを口元に近づける。
「ワールドウォーZはひどくあとを引く映画だ。ゾンビ映画好きであればあるほど、恐らくそうなのだと思う。200億円かけたビックバジェット映画であること、ブラッド・ピットの主演作であること、いくつもの例外的要素を並べ立ててもまだ足りない。そんなものではゾンビ映画でありながらゾンビを疎外するという、この映画の特殊な成り立ちが引き起こす空虚感を埋められない。結果、わたしたちは過去に見てきた映画をすべて振り返り、こう問い直す作業を強いられる。映画におけるゾンビってなんだろう?」
 ドアを叩く、どん、という音ともに、騒音はぴたりとやんだ。
 まるでそれがきっかけだったように、男はいちど喋るのを止めて、iphoneの画面をまじまじと見つめた。
「くそ……電波が悪いな……同期に時間がかかる」
「うそっ……ちょっ……!」
 わたしは男の手元からiphoneをひったくる。男が驚いたように口を開くのが見えた。まるでいま初めてわたしの存在に気づいたとでも云うように。わたしはそんな男にはかまわず、iphoneの画面に見入る。
 かろうじて、立った、アンテナが、二本。
「ねぇ、これ、docomo?」
「そうだ……けど……」
 口ごもりながら男が答える。立て板に水でしゃべっていたさっきまでとは様子が違う。
「やっぱりdocomoよねぇーっ!」
 わたしは男のiphoneを握りしめたまま、ため息をつく。
「日本人ならdocomoだわ。うちのSoftBankなんて、一週間前からただのハコだよ。んっとに、あのハゲ、仕事しろよ……つってももう生きてねーか」
 ふと気づいた。
 見下ろすiphoneの画面の中心に、大きな「REC」マークが点滅している。どうやらわたしの大声は録音されたようだ。わたしは咳払いをして、録音を停止した。
「自分の声を録音してるの? なんで?」
「このあいだDVDで見た映画の感想を吹き込んでおいて、あとでブログにアップしようと思って。エヴァーノートで同期しておけば、最悪、電話を無くしてもなんとかなるから」
「そんなことしてなんになるの?」
 わたしが云うと、男はにっと微笑んだ。
「べつにお金がもらいたくてやってるわけじゃないよ」
 男は腕を伸ばすと、わたしの腕からiphoneをひったくる。いくつか画面を操作して、また喋り始めた。
「映画におけるゾンビってなんだろう? 映画の画面にあらわれるすべてはなにかのメタファーかもしれない。でもゾンビほど、その登場から現在にいたるまで、完全なるメタファーとして存在したモンスターはいないんじゃないか。ジョージ・A・ロメロがナイト・オブ・ザ・リビングデッドを撮ったとき、すでにゾンビは「牙を剥いて襲ってくるただの怪物」ではなかった。それはあからさまに、余分ななにかを背負った、なにかの象徴だった。
 それがなにかを理解するには、ゾンビ映画の多くで語られる「ある物」について語る方が早いかもしれない。それはワールドウォーZでもしっかりと語られている――「世界」だ。世界そのもの。ゾンビを語るときには世界が語られる。これはゾンビだけに見られる特性だ。ゴジラが東京で暴れているときに、一方そのころニューヨークでは、なんて語られたりしない。ゴシック調の古い館の中でドラキュラが牙を剥くとき、わたしたちはその画面の外で世界がどうあるかについては無知で、そしてそのことをどうとも思っていない。
 唯一、ゾンビ映画だけが、世界を語ろうとする。ワールドウォーZのオープニングでも、いろんな国のニュース映像を組み合わせたモンド映画的な複眼的「語り」が行われる。これはゾンビ映画の常套手段で、そしてその描写から、わたしたちは確実になんらかの快楽を得ている。さもなければ同じような手段が何度も繰り返されたりしない。では、その快楽とはなんだろう?」
 ふうっと云うため息とともに、男はiphoneを口から離した。ちらりと、こちらを見上げてくる。
「ドアを開けてくれてありがとう。もうダメかと思った。君、名前は?」
「……こんな状況で本名を名乗れると思う?」
「それもそうか。じゃあわたしは『はまりー』で。Twitterではそう名乗ってた」
「わたしは……」
 とっさに浮かんだのはチャンフェオン・オンラインのアバターの名前だった。
「みくる」
 「はまりー」はにっと笑う。
「ハルヒ? 懐かしいね」
「みんなにそう云われるけど、わたし知らないんだ、それ。名前を入力するときに目の前に牛乳の入ったコップがあったの。それを読み替えただけだから」
「ミルクか……ながらく口にしてないよ。もう飲めないだろうな……よかったら、水を貰えないかな」
 わたしは片手を「はまりー」につきだす。男はあっ、と小さく呟き、チノパンのポケットから財布を取り出そうとする。
「誰がお金が欲しいなんて云ったの。そんなものなんの役にも立たないよ。きょうび、いちばん価値があるのは情報でしょう……ドアの外は、どうなってるの?」
「もう、駄目なんじゃないかな」
 「はまりー」は震える声でそう云った。
「最初のうちは大混乱で……そのうち街のあちこちにバリケードが作られた。警察署や、自衛隊の駐屯地を中心に。わたしもそのうちのひとつに行ってみたけれど……」
 男は青ざめた顔で、首を横に振る。
「あれじゃあ、とても生きている人間はいないと思う。情報も入ってこないから、それ以外の場所がどうなっているかはわからない。ラジオも三日前からどこも入ってこないし」
「そう」
「ほら、これだよ」
「え?」
 ぽかんと口を開けたわたしを尻目に、「はまりー」はまたiphoneを口に当てる。
「ワールドウォーZでも、つたないながらも主人公たちが「世界」へと結びつこうとする描写がある。ニューアークのアパートで、ブラッド・ピットがラジオにすがりつくシーンだ。ゾンビ映画では登場人物たちがテレビやラジオにすがりつくシーンが何度も描かれる。そのとき、スクリーンのこちら側の観客も、同じ欲求を感じているのだ。だからこそ、同じシーンが何度も描かれる。わたしたちは、闇の中でゾンビ映画の中に放り込まれたとき、グロいシーンがみたいとか、恐がりたいとかいう欲求と同じくらい強く、この映画の中で世界がどうなっているのか強く知りたいと願う。そしてボストンは壊滅した、などと語られると、それだけで強い刺激を受けて満足したりする。壊滅し、炎に沈むボストンの描写なんてなくてもだ。
ゾンビ映画の要諦は、「世界の語り直し」だ。ゾンビという要素を入れて、世界がどう変わるか、どう生まれ変わるのか。それこそがゾンビ映画で語られるべき核だ。つまり、ゾンビ映画を撮るということは、制作者が世界をどんな風にとらえているのか、世界をどんな風に作り替えたいと願っているのか、白日の元に晒すということだ。
 それは擬似的な「世界の死」で、わたしたちは世界を殺すためにゾンビ映画を見に行っているのかもしれない」
 からん、という金属質の音が響いた。
 なにかが玄関に落ちて重い音を立て、それはしばらくくるくると回っていた。
 ドアの、ノブだ。
 次の瞬間、激しい力とともにドアが引っ張られた。
 最初に目に飛び込んできたのは牙の生えた、大きく開いた口。
 それから真っ赤に充血した瞳。
 いまや牙をむくゾンビと、わたしたちを隔てているのは、細いドアチェーン一本だけだった。
「ゾンビ映画を支えているのは、双眼鏡を覗き込む小学四年生の好奇心と同質のものだと云うと驚かれるだろうか」
 「はまりー」はまだ喋り続けている。真っ直ぐにゾンビを見つめたまま。
「わたしたちは世界がどんな風にできているのか知りたいと思っている。そして同じくらい、電車ですぐ隣で肩をすりあわせている赤の他人が、自分の人生にとってどんな意味を持っているのか知りたいと思っている。こころの底でくすぶっている、そんな小学生じみた好奇心を、満たしてくれるのがゾンビ映画なのかもしれない。そしてそれは同時に、都会の中で、無言ですれ違う人々のあいだに殺し合いが起きないのは本当は異常だってわたしたちが思っている証拠かもしれない。どうしてわたしたちは毎日、無事に生きられているんだろう。どうして電車の中で足を踏んだ相手は舌打ちで済ませてくれるんだろう。どうして会社の嫌な上司を自分は、結局の所殺さないんだろう。それはむろん、相手が自分とおなじ人間だからだ。でももし、相手が人間じゃなかったら?」
 「はまりー」は立ち上がり、ドアのわずかな隙間から入り込もうとするゾンビに顔を突きつける。
「人間と同じ形をした、人間でないものだったら? だったら許される。銃で撃つことも、ハンマーで頭を叩きつぶすことも、そしてなによりも悲鳴を上げて逃げ出すことも。わたしたちは逃げたかったのだ。人間のいるこの世界がべとべととして気持ち悪くて、悲鳴をあげて逃げ出したくてしょうがなかったのだ」
「やめなさいよ!」
 思わず叫んだわたしを無視して、「はまりー」はゾンビに顔をさらに近づける。
「本当は、お前らみんなゾンビじゃないか……都会の雑踏の中で、わたしたちは本当は云いたくてしょうがないのだ。だからゾンビ映画に足を運ぶ。ワールドウォーZは細かいカットで流血シーンやゴアシーンをカットすることで、ゾンビ映画が本来描くべき「他者の本質」を描かなかった。だからこそこころに残るのだ。不完全燃焼に終わった自らの欲求をもてあまし、だからこそ世界を語り直したい、他者への恐怖を叫びたい、そんな欲求にあらためて気づかされる。そんな恐るべき仕組みの映画がワールドウォーZなのだと……」
 ぶちん。
 軽い音ともにドアチェーンが切れた。
 雪崩れ込んできたゾンビが、「はまりー」の首に噛みつく。
 シャワーのように鮮血が舞った。
「ワールドウォーZなのだと、わたしは思う!」
 ゾンビは「はまりー」の首に噛みついたまま、頸部の肉を噛みちぎる。
 悲鳴とともに、「はまりー」は叫んだ。
「レビューを、終わります!」
 わたしは何も出来ないまま、見ていた。ゾンビが「はまりー」を食い漁るのを。鼻が囓られ、唇が囓られ、そうやってただの肉塊と貸していく「はまりー」を。
 ゾンビがふいに顔を上げ、わたしの顔を見た。わたしは悲鳴を上げながら、ゾンビを突き飛ばし、その隙にマンションから飛び出した。
 気がつくと、わたしは裸足でアスファルトの上を走っていた。上はプリントTシャツ。下はゴムの切れかけたレギンスという格好で。
 黒煙に燻された空が、夕焼けで真っ赤に燃えていた。
 じきに夜がくる。
 わたしはどこにいけば生き延びられるのだろう。
 わたしはどうやって生きていけばいいのだろう。
 
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