生きながらフリッカーに葬られ

Buried Alive In The Bogus


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物語る私たち

  1. 2014/10/28(火) 00:42:56|
  2. 洋画
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たとえばきみが少女だったとしよう。夏の夜の空気は水のようだ。きみは浴衣の袖をひるがえして、水草の森のネオンテトラみたいに鮮やかに人の群れをすり抜けていく。祭りの太鼓の響きに誘われて、神社の参道は人であふれかえっている。巾着に結びつけた鈴が、きみの足取りにあわせてはずんで響く。かくれんぼをする子供なら皆そうなるものだが、きみは背中にありもしない目線を感じて、首をすくめたくなる。うしろから伸びてきた手が、いまにもきみの襟をつかみあげるのではと気が気ではない。だがきみの名前を呼ぶお父さんの声は、喧噪のはるかむこうから聞こえてくる。きみは背の高い男の人の陰に隠れるようにして、微笑む。きみの頬を一筋の汗が流れる。きみの瞳は輝いている。
きみは夏休みを父方のお婆ちゃんの家で過ごした。田舎の子供たちは都会からきたきみを受け入れてくれなかった。せっかくの夏休みを退屈で塗りつぶされた、きみ。長女で、親のいいつけをよく守るいい子だったきみの、唯一の反抗が夏祭りで迷子になることだった。両親の愛情に、爪先までどっぷりと浸かったきみにとって、それは堅牢な籠のなかから崖の底を見下ろすような、安全で刺激的な遊びだった。じきに心配に顔をゆがめた両親が、きみに駆け寄ってきて大きな声をあげるだろう。きみはおざなりな謝罪のことばを口にする。そうしてお父さんの両手にがっちりと抱きしめられて、ポロシャツに染み込んだ、いがらっぽい臭いを深く吸い込むとき、きみは幸せを感じるだろう。
きみはタイトスカートが良く似合う二十四歳で、テーブルの上に男が置き残したライターを片手でもてあそびながら、幼い少女を見つめている。子供の計算高さを見せつけられるのは楽しいものではない。いつか成長した少女が自然に身につけるだろう媚びの、幼い萌芽はすでにほころんでいる。苛立ったきみはオイルライターの蓋をしきりに開け閉めする。レストランの向かいの席に座ったカップルの男の方が、きみを睨みつけているのにも気がつかない。
やがてトイレから男が帰ってくる。きみは無意識のうちに男の顔に答えを――より直截に云うなら救いを――求めようとするが、男はどんな表情も浮かべてはいない。
遅くなっちまったな、と男は言う。でもまだ間に合うだろう、急ごうか。どこへ行くの? 映画だよ。映画? 問いただすきみの声は尖っている。失望が、足の爪先を冷たくする。わたしが話したことの意味を、この人はわかっているのだろうか。だがそんなことは口に出せない。グラスに残ったフルーツ・ブランデーとともに言葉を飲みこみ、代わりに違うことを云う。歯ブラシを買わなきゃ。男は物問いたげにきみを見つめてくる。あなたの歯ブラシ、古くなったから、今は靴から泥を落とすのに使っているの。男は口の中に靴墨を放り込まれたような、不快そうな顔をする。泊まらないよ、今夜は。明日も仕事だ。男の口調に侮蔑の響きがある。そんなにがっつくほど、若かないぜ。おまえは違うのか?
男のことばはきみの胸を突き刺すけれど、きみはとっさに言い返すことができない。まごまごしているうちに男はレシートをつかんで荒っぽくレジへと歩いていく。きみは迷子の子供のような不安とともに、ふらつきながら席を立つ。
きみはもちろん十四歳の女の子で、レストランを出たあと、すがりつくように男に腕を絡ませる女の姿を見つめて眉をひそめる。無様だと思う。覚悟のない生き方を送れば惨めな人生しか待っていない。
きみは中学校の制服に身を包んだまま、実家の庭に素足で立って、枝の枯れた百日紅の木を見つめている。片手には三日前に役所でもらった戸籍謄本の写しを握りしめている。きみの名前には「養子」の二文字が書き添えられている。昨日の夜、両親はきみの目の前で土下座しながら泣き崩れた。きみは、会った事もない母の姉の娘だと知らされる。すべてが嘘だったのだときみは思う。両親の愛情も、幸せな家庭もすべて。きみは残りの生涯を墓場へ向かう老いた象のように孤独に過ごそうと決意する。孤高に、気高く生きよう。誰かに人生の舵を預けたりすることがないように。
他人にはなにも望まず。期待を小さく。簡単なことだ。
だけどやがて聞こえてくる艶やいだ声が、少女の夢想を破る。十九歳のきみは高校時代からつきあってきた彼氏と別れた三日後に、バイト先のケータリングショップを経営している妻子持ちの男と一緒に腰を振っている。一人暮らしを始めたきみの南向きの部屋は茹だるほど暑く、痙攣したように右足を突き出した拍子に、扇風機も明後日の方を向いてしまった。きみは全身から汗を流しながら、微笑んで男の首にしがみつく。ねぇ、好きだって言って。ずっと、死ぬまで好きだって言って。男は頷いただけで、腰の動きを止めず、やがて短い呻き声と共にきみの中で果てる。歓びがきみの身体を満たす。
そして。
きみはやっと映画館にたどりつく。
二十四歳のきみは、すっかり口をつぐんでしまった男の大きな身体に萎縮しながら、まるで気乗りしないままに映画館のポスターを眺める。
サラ.ポーリー監督。物語る私たち。それがきみがいまから観る映画のタイトルだ。

それはドキュメンタリー映画だった。監督であり、女優でもあるサラ・ポーリーの母は、彼女と同じく女優だった。父、兄弟、姉妹、両親の友人……登場する人物たちから語られるサラの母は、奔放で恋多き女だ。だが映画は、そんな彼女の欲望のままにふるまう人生を責めはしない。むしろ、懐かしむような温かい空気がスクリーンから漂ってくる。その理由は中盤でわかる。サラの母はサラが十一歳のときに病気で亡くなってしまったのだ。
そこから物語は急転し、サラの出生の秘密に迫る。サラの数多い兄弟姉妹の中で、サラだけが父親に似ていない。サラは果たして、父親の実の娘なのか。もしそうでないとしたら、いったい彼女の父親は誰なのか……。

きみは身じろぎすることも忘れて、食い入るように画面を見つめている。叫び出したいような居心地の悪さと、映画という娯楽のジャンルを越えた共感を、同時に感じながら。
目を見開いたままスクリーンを見つめるきみは、やがてエンドロールに辿りつく。
耐えられなくなり、きみは座席から立ち上がる。男が呼んだような気がしたが、振りかえる余裕もない。きみはふらつきながらトイレに駆け込むが、個室にすべりこむ前に吐き気が波のように押し寄せてきて、きみは胃の中身を洗面台にぶちまける。
刺すような鼻の痛みとともに、涙がこみあげてくる。出すものがなくなっても吐き気はとまらず、きみはこれがはじめての悪阻だろうかという考えに恐怖する。こめかみがずきずきと痛む。きみはあまりの苦痛に短い泣き声をあげる。
トイレの個室のドアがひらいて、浴衣を着た幼い少女が泣きながら姿をあらわす。幼いきみは祭りの雑踏の中で、完全に両親とはぐれてしまった。もはや愛情とはきみのてのひらで転がしておける愉快な玩具ではない。それは冷たい横顔を見せて去ってしまった。ひょっとしたら両親はきみを探しにこないかもしれない。喪失の恐怖に、幼いきみは泣きじゃくるしか術がない。
べつの個室のドアが開いて、大きな荷物を持った十八歳のきみが姿をあらわす。ハーフコートを着たきみは、半身をひねって背後の方に、聞くに堪えない罵声を浴びせる。きみの母親が――正確に云うならきみの母親の妹が――その奥から、必死できみを諫めようとする。うるせぇ、ババァ、もう帰ってこねぇよ! きみは叫んで、個室のドアを閉める。
閉じたドアのむこうから、きみの母親が、聞いたこともないような冷めた声で……きみの人生を決定づけるようなことばを投げる。良く似ているわ。あなたの母親も、淫売だったのよ。
べつの個室のドアがひらく。
そこにいるのはベッドに横たわり、頭に包帯を巻いて、身体に無数のチューブを突き刺したひとりの老婆だ。きみはもはや苦痛も感じない老いたまなざしで、若いきみたちの醜態をなんの感情も込めない瞳でただ見つめている。
もうやめて、ときみは思う。
まるで過去から未来へとよどみなく進むきみの人生にほつれが生じたようだ。きみの人生はバラバラになり、現在は昨日と明日の高波がぶつかる大時化の海へと姿を変えた。
過去は死んだ番犬だ。おとなしく身じろぎひとつせず、死者の国を守っていればいい。それが現在を脅かすようなことがあってはいけない。それなのに――。
たった一本の映画が、きみの足元を危うくした。
そう、きみはまた過ちを犯した。
ひとは長期記憶貯蔵庫(LTS)にたくわえられた、エピソード記憶と意味記憶のつらなりに寄って自分の過去を意味づける。それを自伝的記憶と云う。
自伝的記憶は時系列順(シーケンシャル)に記された、いわば一本の映画だ。人は自伝的記憶の性質によって自らの人生を規定する。
敗北と屈辱だけにいろどられた、悲劇的な映画もあるだろう。
歌いながら花園を歩く、ミュージカル映画だってあるだろう。
積み重ねた敗北をたった一回の15ラウンドでひっくり返してみせる、「負け犬たちのワンスアゲイン」映画の上映中だと、信じている人だっているだろう。
それでも、いちどの人生に、たった一本の映画だけしか上映されない、自伝的記憶の息苦しさに、みんな辟易しているのだ。
だからこそ人は映画館にむかう。そこで与えられるのは垣間見られる「他の人生」という幻想、明滅(フリッカー)だ。
たった一本の映画という人生の重みに耐えかねたわたしたちは、無数のフリッカーに生きたまま葬られ、幻惑されながら死へとむかっていく。
きみの過ちはサラ・ポーリーが撮った一本の映画に、いつものように絶対に安全な場所にきみを置いたまま、他の人生という明滅を見せてくれる娯楽を期待したことだ。
それはドキュメンタリーという仮面をかぶったまま、最後には現実とフィクションの境目すら危うくさせる、毒を持っていた。
まるでオセロの駒をひっくり返すように、映画に仕掛けられたたったひとつのフェイクで、長いあいだ他人の人生という明滅に浸っていたわたしたちの喉元に刃をつきつけた。
これは現実である。
これは現実ではない。
これは物語である。
きみの人生に敷きつめられたフリッカーが、サラ・ポーリーが置いた一枚の駒のおかげでひっくり返っていく。
きみの人生は現実なのか。
いや。
「きみ」などという女は存在しない。それはわたしがこのブログのために即興で書き上げた、でたらめな架空の存在にすぎない。「きみ」の生命はこのエントリーの中でしかその存続を保証されない。
実際にこのブログを読んでいる「あなた」が男なのか女なのか、どんな存在なのかわたしは知らない。知らないが、もし(酔狂にも)ここまでこのエントリーを読んでくださり、いくばくかの興味を持ってくださったというなら、それはわたしの手柄ではない。それこそが「物語」の毒なのだ。
人は物語に共感する。肯定するとは限らない。否定して反撥を覚えながら、そこから学ぶとしたら、あなたは物語からなにかを得たことになる。
この機能は、プログラムピクチャーではおおむね「彼岸」で働く。あなたは絶対的に安全な場所にいて、映画はあなたを傷つけない。あなたはいくばくかのお金を払う。そこにはある共犯関係が結ばれている。
サラ・ポーリーは映画と観客の共犯関係を逆手に取り、観客の地盤を危うくするような映画を撮った。わたしが本当に恐ろしく思うのは、それが彼女の人生そのものをベットした賭けだったこと。そしてこの映画を撮ったその年に、サラ・ポーリーが娘を産んでいることだ。いったいどこまでがサラ・ポーリーの実人生で、どこから先が仕事なのか。考えれば考えるほど恐ろしくなる。

これは「物語ること」についての映画でもある。
物語の主要登場人物二人が、真実を知って、まずなによりも自分の経験を「物語」として本にしようとしたのは本当に象徴的だ。そこには計算よりも本能的な保護機能のはたらきを感じる。ある種の人々は、傷ついたときに、物語ることによって人生の舵を取り直そうとするのかもしれない。ちょうどこのエントリーがそのようなものだ。
この映画の中で、遺伝子について語られるのは、一種のフェイクだ。
この映画は情報子(ミーム)についての映画だと思う。自分の死の先に届かせようと、思いっきり前に伸ばした腕。それこそが物語なのかもしれない。

そうして、きみは目を覚ます。
泣き疲れて眠ってしまったきみは、気がつくとお父さんの背中に背負われて揺られている。
汗で湿ったお父さんの背中が、ひどく温かい。
お父さんは、隣に立ったお母さんとなにか話をしていて、きみが起きたことには気がつかない。
きみは意味のないことを口の中でふたつ、みっつつぶやくと、お父さんの背中にしがみつく。お父さんはきみが寝ぼけていると思ったのか、振り返らない。
階段の灯籠の明かりが、きみが揺られるたびに上下に揺れる。
それがいくつも、いくつも連なって、ゆっくりときみは階段を下りていく。
このままずっと、灯籠のおぼろげな明かりに導かれて、永遠に地の底まで下っていくのかもしれない。ふときみは、そんなことを思う。
きみは知らない。お父さんの背中に揺られながらみた灯籠の明かりのことを、何歳になっても覚えていることを。
きみを抱いた幾人もの男に、きみはそのことについて話さない。
きみは六十四歳のときに痰を喉につまらせて死ぬことになるが、そのときまでこの日の記憶が消えずに残っていることを知らない。
まばたきするごとに、目の前に現れて、消えていく、明滅。そのうちのどれが永遠に過ぎ去り、どれがわたしたちの中に残るのか、わたしたちは知らない。
きみはお父さんの背中に頬をこすりつけて、しあわせなあくびをする。
消えない灯りがまたたいている。
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生きているうちに自分の墓穴を掘っておく ~熊代亨 『融解する オタク・サブカル・ヤンキー』をめぐって

  1. 2014/10/15(水) 23:31:03|
  2. サブカル
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盆すぎに、うちの飼い猫の様態が急変した。
ここ十七年、仕事から帰ってきたわたしを猫が出迎えてくれるのが日常になっていたのだが、よたよたと倒れかけながら
玄関に歩みよってくる猫の姿を見たときは、血の気が引いた。昨日までは元気に跳んだり走ったりしていただけに、その
急変は悲しみよりも先に恐怖とパニックの感情をもたらした。すぐにひっつかんで病院に行き、一ヶ月の投薬のあと、
いまは小康状態を保っているが、なんとなくこのままずっとつづくのではないかと呑気に思っていた猫との蜜月が、
いつか終わりがくるものであることを思い知らされ、そのことが頭から去ることが無く、ペットロスの前払いのような、
気の晴れない日々がつづいている。理不尽だとは思うが、こればかりは仕方がない。猫の命を思いっきり愛おしむ
日々を(わずかかもしれないが)与えられて、感謝したい気持ちでいっぱいだ。あのまま急死でもされていたら、
二度と立ち上がることができなかっただろう。

この件に関しては、Twitterに経緯を書きまくったこともあり、いろんな方からご心配と励ましのおことばをいただいた。
そのうちの一人、自身も先に愛猫を亡くしたという、知人のことばが忘れられない。
「最近、やたらとあちこちで同じような話を聞くんだよね。みんな二十代の頃に、いっせいに猫を飼いだしてさ、
深い考えもなしに。それが同じように老けていって、いっせいに亡くなっていくの。あんただけじゃないんだよ」

ああ、と腑に落ちるものがあった。
知人との会話のあとで、うちの猫の血統書を開いてみた。
1997年10月24日生まれ。
1997年がどんな年だったか。
1993年頃から始まった不況が四年目を迎え、うちの猫が生まれた一ヶ月後には山一証券が破綻する。
だけど、いまではあの事件を終わりの始まりと見る人よりも、「不況って云いながらあの頃はまだ余裕があったなぁ」と
述懐する人の方が多いのではないか。まさか不況などという世界の動きが、自分の内懐まで切りつけるなんて思いも
よらず、可処分所得はいまよりずっと多く、バブルがはじけたはじけたと騒がれながら、どこか余裕があったあの日々。

オウムと阪神淡路大地震から二年、酒鬼薔薇聖斗が紙面を賑わせ、この世界はヤバくなっているんじゃないか、という
のが前提ではなく仮定でしかなかったあの日々。

ファイナルファンタジー7が発売され、ドラクエ7のプラットフォームであることも決定した初代プレイステーションの
出荷台数が500万台を突破し、それでもわたしを含めた熱心なセガ者は、プリンセスクラウン、カルドセプト、
ソウルハッカーズ、ゼルドナーシルト、初代ギレンの野望、AZELといった、いま思い返しても魂が震えるような
傑作をつぎつぎとリリースするセガサターンの勝利を信じて疑わなかった。

そういえばたまごっちブームがあったのもこの年で、同年放送の「踊る大捜査線」が作中でさっそくそれを取り上げたり
している。

マンガの世界では「うしおととら」「ダイの大冒険」という、すさまじい終盤の盛り上がりを見せた傑作二本が前年に
連載終了し、自分の中ではちょっとした狭間の時期だった。おかげでこの年のマンガのことはおぼろげにしか覚えて
いないが、ONE PIECE連載一回目の「あのコマ」のインパクトだけは未だに強烈に残っている。

CDバブルがはじまり、華原朋美が三作連続でミリオンセラーを叩きだし(信じられない!)、GLAYのベストアルバムが
450万枚(!)を売りさばいて、ベストアルバムブームが始まった。

なによりもうちの猫が生まれたのは、
『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に』の公開の三ヶ月後だ。

それはサブカルチャーにとっては盛夏の候だった。傾きかけた世界をよそに、「セカイ」は花盛りで、話題には
事欠かなかったと云っていい。

わたしたちには猖獗を極める(変な表現だが他に思い浮かぶことばがない)コンテンツの乱れ撃ちを、すべて受け止める
だけの経済的余裕も時間的余裕もあった。なかったのはコンテンツの豊穣の海に溺れる自分を省みる俯瞰的視点だけ
だった。エヴァの謎本は山ほど本屋に並んでいたが、コンビニのレジでファイナルファンタジー7を受け取ることのできる
世界の謎については誰も解き明かしてはくれなかった。

バブルがはじけたばかりだと云うのに、わたしたちは性懲りもなく、この豊穣がずっとつづくと「なんとなく」思っていた。
ビューティフルドリーマーの「終わらない文化祭」は、エヴァの「終わらない夏」へと引き継がれ、ごく自然にオタクの
一般的心象風景として認知された。死は認める。老化は認めない。変化はありえない。そんな世界観。

いま思えば、だが。
わたしが猫を飼ったのも、蕩尽をきわめたコンテンツ消費のひとつだったと云えなくもない。
エヴァの謎を考察するほど深くには、わたしたちは自分の孤独をつきつめて考えてはみなかった。
無限に湧き出るコンテンツで内面の空白を埋める、というスタイルはすでにその頃には完成されていた。
ペットショップで一目惚れしたアメリカンショートヘアーに七万円を出すだけの経済的余裕がその頃のわたしにはあった。
その猫と十七年にわたる付き合いになるとは思いもよらないし、代替可能な消費的コンテンツではなく、自分の分身と
思えるほどの存在になるとはまったく考えていなかった。

そしてその猫が、ふいに消えてなくなるのではなく、劇的な死を迎えるのでもなく、ゆっくりと老いていき、目の前で
死に向かってゆっくりと一歩、一歩、死へと近づいていく様を見せられるとは夢にも思わなかった。
セカンドインパクトで地軸が変化し、永遠の夏がつづく世界ではそんなことはありえなかったから。

熊代亨 『融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論』を読んだ。
昨今はファスト風土流行りで、Twitterでもそれに関するツイートを頻繁に目にする。三浦展さんの『ファスト風土化
する日本』は、いくぶん強引なデータの結論への結びつけ方も含めて、大好きな本で、それ以降出るファスト風土論
も目につく限りは手にとるようにしている。

が、熊代さんのこの本は、サブタイトルに反して、ファスト風土に適応した昨今の若者の風俗その他に言及するよりも
多くのページを、いまや中年を越えて老人へと片足を踏み込んでいる、シニア世代のオタクの今後の身の振り方
(著者曰くの“軟着陸”)に割いていて、事前に予想していたものとはだいぶ違う読後感となった。
著者自身があとがきで述べているように、ずっと第一線のアーケードゲーマーとして張ってきた自分が、反射神経の
衰えにより「引退」を決意せざるを得なくなった、その苦い経験が本書をタイトルとはだいぶずれた、歪んだ方向へと
導いている。その歪みが人間くさくてわたしは好きだ。なにより著者の経験の裏打ちがあるから説得力もある。


「終わりなき日常」「終わりなき夏休み」といったフレーズが流通していた90~00年代の頃は、人生の春や夏にも
終わりがあるという事実は多くの人に忘れられ、いつまでも夏休みのような、モラトリアムな暮らしが約束されて
いるような錯覚のうちに過ごすことができました。(略)しかし人生においても、社会においても、夏は終わりを
迎えようとしています。金銭的余裕や思春期モラトリアムによって棚上げされ続けていた諸々の現実が、四半世紀
を経た今、私達を迎えにきたのです
                            熊代亨 『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』157ページ


わたしに取って、「迎えにきた現実」とは、玄関にむかってよたよたと歩いてくる猫の姿だった。
わたしと、猫と、サブカルチャーは、十七年のあいだに、それだけの齢を重ねた。
わたしだけがそれに目を背けていた。現実に目を背けられなくなるその日までは。

だからわたしにとって猫とサブカルチャーは、同じように目を塞いで生きてきた日々の同士なのだ。
だから、この文章の冒頭を、こんな風に置き換えてみてもいい。

ここ十七年、仕事から帰ってきたわたしをサブカルが出迎えてくれるのが日常になっていたのだが、
よたよたと倒れかけながら玄関に歩みよってくるサブカルの姿を見たときは、血の気が引いた。
昨日までは元気に跳んだり走ったりしていただけに、その急変は悲しみよりも先に恐怖とパニックの感情をもたらした。
なんとなくこのままずっとつづくのではないかと呑気に思っていたサブカルとの蜜月が、
いつか終わりがくるものであることを思い知らされ、そのことが頭から去ることが無く、
コンテンツロス(なんだそれ)の前払いのような、気の晴れない日々がつづいている。
理不尽だとは思うが、こればかりは仕方がない。
サブカルの命を思いっきり愛おしむ日々を与えられて、感謝したい気持ちでいっぱいだ。


そういえば先月、日本で発売されたばかりのXBOX ONEを買った。
メガドライブ、サターン、ドリームキャスト、XBOX、XBOX360……とつづいたわたしの楽しい負けハード人生に語り
はじめると長くなるので割愛するが、いままでのXBOXシリーズに比べてもONEの本体はひたすらに重く、GEOから
の帰り道、筋肉の衰えはじめた両手に抱えたONEの重さが、別の意味をもって感じられた。
それはたとえていうなら、ピンク・フロイド「ドッグ」の歌詞の一節のような。
年を取って南へ逃げた男が、自分の背負った石の重みに耐えきれずに死んでいく……。
現実問題として、マイクロソフトが次のゲームハードを発売したとき、そのときのわたしにはハードの箱を自宅まで
運ぶ握力は残っていないと思う。
自分がいつか死ぬのは仕方がない。
しかしジ・エルダー・スクロールシリーズの次作をプレイする前におっ死ぬかと思うとさすがに無念だ。
おお、遙かなるエルスウェアーよ。カジートの大地よ。
未知なる冒険に彩られた、高画質の世界が目の前に広がったとき、わたしの目は老眼で、ゲームなどできないかも
しれない。
うちの猫が死んで、それから先遠くない未来に、わたしは目尻の皺を涙で埋め尽くしながら、コントローラーを静かに
置くだろう。
それでも……いままで親しんできた物語の中で、老人たちの世界がそう描かれてきたように、
若き日の記憶が、昨日のことのようにはっきりと蘇る、そんな世界が老人のものであるならば。
わたしは楽しみにしているのだ。
メガドライブで大戦略をプレイして、「PC98版より出来が良い!」と驚いた記憶や。
コンビニの店先で立ち読みした「うしおととら」のトンネルの話に背筋が震えたあの記憶や。
明かりを消した部屋の中でThe Smithsのファーストを聴き、モリッシーの声に癒された記憶が。
鮮やかに蘇ってくるならば、そんな老後も悪くないじゃないか。

フリードリヒ・フォン・シラーは鼻で笑うだろう。ひとりの友の友になるという成功を成し遂げなかったわたしを。
ひとりの妻を勝ち取るという勝利を得なかったわたしを。
歓喜の輪から泣きながら去っていけと、石を投げてわたしを追い払うだろう。
知っている、理由はわからないけれど。
聖ペドロはきっとオタクの名前を呼ばない。

福岡に承天寺という寺がある。施餓鬼棚の由来のある寺で、江戸時代の飢饉の記録が標示に記されていたのだが、
なんの飢饉かは忘れたが、三十年に渡る飢饉があったと知って、愕然とした記憶がある。
世界に生まれ、腹一杯にごはんを食べるという経験をいちどもせずに死んでいった人がいる。
どんな感覚かは想像もできない。冬の時代に生まれた人々だ。
世界に生まれ、誰にも触れ合わず、コンテンツだけを消費して死んでいくわたしたちがいる。
どんな感覚かはわたしたち以前の世代の人々には想像もできないだろう。ただの幸運で夏の終わりに生まれたわたしだ。

映画でも、ゲームでも、アニメでもいい。
もはや若い人たちのようにアンテナを鋭く張って、最先端のコンテンツを強欲に追い求める体力はわたしには残っていない
それでもわたしは自分のことを、いま、最前線に立つ人間だと思っている。
コンテンツ消費が当たり前になった世界を真っ先に享受し、真っ先に老いに直面し、真っ先に墓に入る人間だと。
もちろんわたしより前の世代で「趣味に生きた」人はいただろう。かっこよくディレッタントと呼ばれる人々だ。
だが彼らは趣味の世界に生き、その生活に首まで浸かって死んでいくことについて、何の教訓も残してくれなかった
ように思う。
渋澤達彦は、最後に書斎にならんだ蔵書や資料を眺めながら、なにを考えていたのだろう。
いまでも気になっているのだけれども、野田“大元帥”昌宏の膨大なSF雑誌の蔵書はどこかにアーカイヴされているの
だろうか?
彼らはわたしたちの日々を豊かにはしてくれたけれども、老いていくその先の日々の過ごし方について教訓を与えては
くれなかった。

だからわたしは、「死んでいくオタク」の最先端に立つ人間として、これまでコンテンツを消費してきたのと同じくらいの
情熱を持って、コンテンツに埋もれた自分を埋める、墓穴を掘ろうと思うのだ。
誰かの愛情を勝ち取ることを知らなかったわたしたちは。
愛するものの寝息に耳をそばだてながら眠ることの安息を知らなかったわたしたちは。
せめて自分の愛した、情熱を注いだコンテンツを自分とともに葬るための墓穴を掘るのだ。
タヒチでは死者のために穴を二つ掘るそうだ。屍骸を葬るためと、その死者の罪を葬るため。
自らの屍体の処理なんて自分じゃどうしようもないから、わたしたちはせめて自分が愛したものたちの墓穴を
生きているうちに掘ろう。

シラーが門の前で唾を吐いてくる天国に入れなかったなら、
わたしたちは忘れられたコンテンツ、捨てられたコンテンツ、世に出なかったコンテンツが眠る、最後の物たちの国に行こう
棚にならんだ山ほどのDVDやゲームソフトやマンガや小説の記憶とともに、夕暮れの旅に出よう。
そんなに死に急ぐことはないけれど、その準備だけでもしておこうじゃないか。
人生の先達として、らしいことはなにひとつ若い人たちにしてあげられなかったから。
せめてその死に様でも見せておこうじゃないか。

中学生の頃にノートの片隅に書いたこの世にはない世界の地図や。
90年代に富士見書房に山ほど送られてシュレッダーのエサになったファンタジー小説や。
日本で三人くらいしかタイトルを知らないゾンビ映画の記憶とともに。

奇妙な道だとしても、ぼくらはそちらの方へむかうよ(Strangeways, Here We Come)。

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