• 2017_06
  • <<
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • >>
  • 2017_08

生きながらフリッカーに葬られ

Buried Alive In The Bogus


スポンサーサイト

  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

7月に見た二本の映画の主人公を対面させてみた。

  1. 2013/07/25(木) 18:19:33|
  2. 映画
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
 スクイーザーに押しつけた果実のように楕円に広がった太陽が、無様に地平線の上でつぶれていた。
 黄昏に近いそんな時間になっても陽光は強烈だった。リンネルの袖を肘までまくりあげた堀越二郎の腕に、襟足に、ふつふつと玉のような汗が浮かんだ。あちらこちらで煙を上げている瓦礫を避けながら、彼はゆっくりと足を進めたが、そのあいだなんども立ち止まり、眼鏡を外して顔の汗を拭わなければならなかった。
 何度目かにそうして顔を拭ったとき、ふと二郎は、眼鏡を掛け直す行為にまるで意味がないことに気づいた。
 裸眼で見ても、左右にうずたかく積み上げられた鉄の塊の、リベットのひとつひとつが見て取れる。銃弾の痕も生々しい翼に、くっきりと描かれた日の丸も。
 重油の浮かんだ水たまりを真っ赤に染めた、夕焼けの色も。
 自分がいるのがどういう場所か、おおよそのところはそれで察しがついた。
 少し悩んだあとで、二郎は眼鏡を掛け直した。さしたる意味はないとしても、そうしておかなければ落ち着かなかった。
 そうしたとき、ふとうしろから肩を叩かれ、それと同時に耳元で声が響いた。
「落とし物をしませんでしたか、親友」 
 驚かなかったと云えば嘘になる。「この場所」にいるのは自分と、せいぜいがカプローニの眷属くらいだと思っていたからだ。聞き覚えのない声だった。
 振り返った二郎は、相手を見上げねばならなかった。白人の成人男性だ。二郎には衣装の善し悪しなどわからぬ。だがよほどの余裕が財布にもこころにもなければ似合いそうにもない、豪奢な衣装を男は身につけていた。
「どうしましたか、親友」
 男はささやくようにそう云って、笑った。
 その笑顔を見たとたん、二郎の頭からは彼の衣装のことなど吹き飛んでいた。ありとあらゆる不安や、不信を吹き飛ばす、無限の慈愛と安心を与える微笑――それは人生でおよそ数回と見られないであろう、希有な微笑だった。
「失礼。名乗るのが遅れました。わたしはジェイ・ギャツビーと申します。育ったのはアメリカですが、教育はオックスフォードで受けました――貴方は東洋の紳士なのですかな、親友」
「どうも」
 あわてて居ずまいを正し、眼鏡を位置を治すと、二郎は静かな小声でそう返した。
「堀越二郎と申します。三菱重工業で航空機をやっています」
「なるほど――」
 ギャツビーと名乗った男は、ひとりうなずきながら、左右に山と積まれた航空機の残眼を見回した。
「飛行機、ですか。あなたもあのリンドバーグと同じ、命知らずな冒険家なのですかな、親友?」
「いえ、わたしは目が悪いので、飛行機乗りにはなれませんでした」
「ほう」
「代わりに、飛行機の設計者になったのです」
「なるほど。それでは、これは貴方の夢だったか」
 ギャツビーはそう云うと微笑んだ。
「そうではないですか? わたしはニューヨーク、ウェストエッグの自宅のプールサイドで、電話を待っていたのです。電話に出た記憶も、床についた記憶もない。気がつくとこの奇妙な場所にいた。考えられることは二つです。夢を見ているか、誰かの夢に紛れ込んだかだ」
「いえ」
 二郎は首を振った。
「これはわたしの夢ではありません」
 物問いたげなギャツビーを置き去りにして、二郎はそのまま歩き出した。
 油の強い匂いが鼻をついた。
 夢にしては感覚に突き刺さるすべてが鮮明にすぎた。ねじくれ、焼け、折れ曲がり、飴のように溶けた、鉄の塊。そのひとつ、ひとつが目に飛び込み、二郎のこころを掻き乱した。
「待ってください、親友」 
 うしろからギャツビーの声が追いかけてくる。
「これはあなたの落とし物なのではないですか?」
 振り返った二郎の前に、ギャツビーは無骨そうな手に握りしめた、鉄片を差し出した。
「ヤァ、これは栄十二型の冷却フィンだ」
 眼鏡のむこうの二郎の顔が、少年のように輝く。
「しかも無傷の新品だ。どこにありました」
「あなたが立っていたあの場所の、すぐうしろに」
「これは恐縮です、ギャツビーさん。あなたに御礼を云わねばならない」
「良いのです。あなたの夢に勝手にお邪魔した、わたしが悪い」
 ギャツビーは肩をすくめた。
「いい加減、認めたらどうですかな。わたしは海上飛行機を所有しておりましたが、飛行機の墓場の夢を見る趣味などない。これはあなたの夢なのでしょう?」
 手にした鉄片をぎゅっと握りしめたまま、二郎は答えない。ギャツビーはため息をついた。
「東洋人は内向的だと云うが、あなたの態度は解せませんよ、親友。わたしの時代にあったものとはずいぶん形が違うが、わたしのような門外漢にだってはっきりとわかる。これは戦うための飛行機だ。異国に攻め入り、相手の土地に爆弾を落とすための飛行機だ。違いますかな?」
「……そのとおりです」
「そして恐らくは、これはあなたが設計した飛行機なのではないですか?」
「そうです」
 二郎はまっすぐに前をむいたまま答えた。
「零式艦上戦闘機二一型。わたしの息子です」
「やっとわたしたちのあいだに、共通点を見つけましたよ、親友」
 ギャツビーはそう云うと、首元からメダルを取りだした。
「これはモンテネグロからわたしに贈られたメダルです。ギャツビー氏の栄誉を讃えて――わたしたちはともに戦争の英雄というわけだ」
「英雄?……あなたはこの山ほどの瓦礫を見て、そう云えるのですか、ギャツビーさん」
「これだけの数がつくられた飛行機だ。さぞかし名機だったのでしょう。山ほどの敵の機体をおなじだけの瓦礫の山にしたはずだ。あなたは英雄ですよ」
 ギャツビーはそう云うと、二郎の肩を馴れ馴れしくつかんだ。そんな仕草も、彼がすると不思議と様になっていて、二郎は不快にならなかった。
「息をして、ものを喰らい、眠る。ただそれだけの営為を繰り返すなら、それは獣と変わりません。わたしはあなたを讃えよう、親友。この瓦礫はあなたが夢をつかもうと努力した証だからだ。それはあなたが人間である証でもあるのです。あなたは掴みたかった。力? 栄誉? 富?――あるいは」
 ギャツビーの顔に、ふと遠くを透かし見るような表情が浮かんだ。
「あるいは、貴方もわたしとおなじ定めの下に生まれた男なのかもしれない。ただ一人の、夢の女を手に入れるために、泥の足と塩の足で支えられた、巨大な城を手に入れたのかもしれない」
「申し訳ない、ギャツビーさん」
 二郎はそう云いながら、額の汗を拭く。
「わたしには、貴方がなにをおっしゃっておられるのかわからない」
「パーティーです!」
 ギャツビーが昂ぶった声でそう云った。
「わたしはそうした。パーティーを開いた。毎夜、毎夜の馬鹿騒ぎ、浮かれ騒ぎ。それは巨大なたくらみだったのですよ、親友。たった一人の女を迎え入れるための。貴方もそうしたはずだ。パーティーを開いたはずです。花火を上げて……」
 鋭い音とともに、空から東京に落ちてくる焼夷弾。対空放火の放物線。
「自らの力を誇示し――」
 栄十二型の最高速度は533km/h。
「あなたは掴んだのだ、夢を。そして夢の女を。違いますかな、親友?」
(笑ッテ散ッテ行キマス。母上様モ微笑ンデクダサイ)
(清ハ微笑ンデ征キマス。出撃ノ日モ。永遠ニ)
(オ母サン。オ母サン)
 気がつくと。
 二郎はてのひらから血を流していた。
 冷却フィンがてのひらの皮を突き破っていた。
 それを見つめながら、静かに二郎は云った。
「わたしは戦争の英雄ではありません。ギャツビーさん。富も栄誉もわたしには無縁です。そんなものを手に入れたいわけではなかった」
「わかります――」
「わかっていません。わたしはただ、子供が蝶をおいかけるように、夢中になっていたのです。何年も、何十年も夢中になって、気がつくとこの土地に立っていたのです。この場所はわたしの夢ではありません、ギャツビーさん」
 二郎はギャツビーを見つめた。
「わたしの、地獄です」
 ギャツビーの顔に影が差していた。
 さきほどまでの陽気な様子とは一転した、恐ろしく沈鬱な考え込むような表情だった。その神経質な態度のほとんどは、彼自身の内面にむけられているように見えた。
 馬鹿な、とか、それならばなぜ、とか、ぶつぶつと声にならない声が、ときたまギャツビーの口から漏れた。
 二人はしばらく並んで歩いた。
「貴方は夢の女性を手に入れましたか、親友」
 二郎は微笑んだ。そして力強くうなずいた。
「良いことだ。それはとても良いしらせだ」
 二人はいつのまにか、池とも海とも知れぬ、莫大な水のあつまりのそばに立っていた。
「対岸にあるあの明かりが見えますか、親友」
「ええ。呉鎮守府の警戒灯ですね」
「違うっ!」
 そのことばはあまりに強い勢いで、二郎は思わず首をすくめた。
 殺されるかと思った。
 ギャツビーは一瞬で平静を取り戻し、その顔には微笑が戻っていた。
「あれはわたしの夢なのです。貴方とわたしは同じだ、親友。夢を手に入れるために夢中になっていた。ただわたしは迂遠に過ぎたのです」
 ギャツビーはそう云いながら、水の中に足を踏み出した。
「わたしも貴方を見習って、真っ直ぐに愛すべき女のもとへ歩いていくことにしましょう。親友。きっと彼女はわたしを受け入れてくれるはずだ。受け入れてくれるに決まっているのです、親友」
「お気をつけて」
 二郎は手を振った。
「おたっしゃで、ギャツビーさん」
「その名は違う」
 ギャツビーは手を振り替えしながら笑った。もう腰のあたりまで水につかっていた。
「あなたに秘密を教えよう。わたしの本当の名前は――」
 いいよどんだあとで、ことばを途切らせ、ギャツビーはまた大きく手を振った。
 二郎はそのままギャツビーの姿が見えなくなるまで見守っていた。
 やがて日は沈み、水面に霧が出て、遠くにぼんやり光る明かりだけしか見えなくなった。
 二郎は死ねなかった。
 生きることが、彼の使命だった。
 わたしたちは帰りの燃料をもたない飛行機に乗った、ひとりのパイロットだ。どんな逆風に流されたとしても、それでもわたしたちは、前へ、前へと、進まなければならない。
 
関連記事
スポンサーサイト

<<パシフィックリム ~Puffを忘れなかった男 | BLOG TOP | プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命>>

comment


 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。