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生きながらフリッカーに葬られ

Buried Alive In The Bogus


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パシフィックリム ~Puffを忘れなかった男

  1. 2013/08/12(月) 22:51:24|
  2. 洋画
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
PacificRim.jpg

アメリカのフォークソンググループ、ピーター・ポール&マリーに「パフ(原題:Puff,the magic dragon)という
古い曲がある。

パフは魔法の怪獣 海に住んでる。
秋の霧におおわれたハナリー島で遊んでた。
可愛いジャッキー・ペーパーは大きなパフが大好きだった。


少年ジャッキーと怪獣のパフは大の親友になった。
海へと乗りだし、冒険の日々をすごす一人と一匹。
だがやがて別れの日がやってくる。

怪獣はけして老いない。小さな子供はすぐに老けていく。
鮮やかな翼や大きな光輪は他の玩具にとってかわられる。
ある寂しい夜 ジャッキーは遊びにこなくなった。
パフはそれきり 吠えるのをやめた。
悲しさのあまりパフの緑の鱗は雨のようにはがれ落ちた。
パフはもう桜並木へはいかない
親友はもうそこで待ってはいないのだ。


歌詞の後半で、パフとはおもちゃの怪獣であることがわかる。
少年ジャッキーは大人になってしまったのだ。
屋根裏部屋に――あるいは湿っぽい押し入れに、納戸に、わたしたちは何匹ものパフを置き去りにしてきた。

人生の後半に突入し、中年が犯すありとあらゆる過ちと悪徳に手を染めて、ふと我が身を振り返り、驚くことがある。
子供のころ、一緒に遊んだあのソフトビニールの怪獣たちはどこにいっただろう?
あの頃の夢を手放し、なにやら違うよこしまなものを追い求めて、結局手元にはソフビの怪獣一体残っていない。
雨に打たれた野良犬のような疲労感だけが残る。ぶざまな人生だ。

思うのだ。
パフはいまでも待っているのではないか。屋根裏部屋で、押し入れで、いや、どこでもいい。
わたしたちがあの頃のように目を輝かせて、扉を開けて帰ってくるのを待っているのではないか。
人は弱い。夢を追い続けるにはあまりにもか弱い。
弱い男たちは、一人ずつ、パフを胸の中から引きずり下ろしていくのだ。代わりの荷物をつめるために。

だが。
だがここに一人のメキシコ人がいる。彼はあきらめなかった。彼は忘れなかった。
自分が過ごした少年時代のあこがれを。どこか遥か後方に置き去りにしたパフのことを
一瞬たりとも、忘れたことはなかった。

メキシコ人の少年は、かつて瞳に焼きつけた「パフたち」に命を吹き込んでみせた。
200億ドルの巨費と世界中の映画館をつかって、夢を叶えてみせた。
夢の名前をパシフィック・リムという。

冒頭、ゴールデンゲートをKAIJUが破壊する、そのワンシーンで胸をわしづかみにされた。
68年生まれのわたしは、さすがに初代ゴジラには間に合わなかった。しかし平成ゴジラには余裕で間に合った
世代だ。だが劇場には足を運ばなかった。怪獣映画なんて子供だましだと馬鹿にしていた。
その愚かな半生に制裁を加えるがごとく、KAIJUの爪はわたしの胸をも切り刻んだ。
スクリーンに! 巨大な生物が! 動き回っている! それだけで! 快感なんだ!
知らなかったーーーー!!

それからあとの展開については、多くを語らない。多くの人々と同じく、この熱い物語をわたしは楽しんだ。
わずかなりでもデルトロの目線に屈託があれば、こちらもかまえて多くを語りたくなったりしたろう。
言い訳という名のことばを。だがもう、いいのだ。ありがとう。楽しませてもらった。
云いたいことはそれだけだ。

おれたちはみんな諦めた男だ。
自分の夢を、どこかで諦めた。
だがメキシコで生まれた一人の男は、自分の子供の頃の夢を諦めず、巨大なシルエットを持ったそれで
われわれの内なる大地をめちゃくちゃにした。
わたしたちは、そのことをどこか痛快に思うのだ。

パフの話しには、ひとついらない蛇足がつく。
ジャッキー少年が帰ってこなかったのは、ベトナム戦争に従軍して、そこで戦死したからだ、
そんな説があるそうだ。
およそ子供の想像力というものを甘くみた、ふざけた話だと思う。
たとえNAMの泥の川にジャッキーが瞳を閉じて横たわっていたとしても。
表面から見られるのは瞳を閉じた彼の顔だけだ。だが瞳の内側では。
彼はパフと楽しげに遊んでいる。
できうるなら、わたしが最後に瞳を閉じたとき、かつての親友たちが迎えにきてくれることをわたしは願う。



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comment

  1. 2013/08/13(火) 14:40:26 |
  2. URL |
  3. はまりー
  4. [ 編集 ]
ビフ タネンさん、いつも読んでくれてありがとう! うまくうれしさを表現できないのでベートベンの引用でごまかします。「心より出ず。願わくば心に至らんことを」。

  1. 2013/08/13(火) 12:16:59 |
  2. URL |
  3. ビフタネン
  4. [ 編集 ]
泣きました。 優れたレヴューは作品にも匹敵することを改めて再確認しました。 素晴らしい!

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