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生きながらフリッカーに葬られ

Buried Alive In The Bogus


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インターステラーにハマったあなたに薦めるSF小説6本

  1. 2014/11/27(木) 23:39:04|
  2. 洋画
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
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1、世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド


世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)
(2010/04/08)
村上 春樹

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インターステラーはとてもドメスティックな映画だと思います。
外宇宙の冒険を描いた169分の顛末に至るまで、わたしの精神は地上から一ミリたりとも離れることがありませんでした。
Twitterの感想の方ではついつい「これはSFじゃない」などと書いてしまったのですが、これはまぁ、半世紀前から変わらぬ
SF原理主義ブタ野郎の偏狭な妄言だと思っていただいて構いません。
ですが、そもそもクリストファー・ノーランは宇宙に興味がない、というのは外していないと思います。
ノーランという人はとても奇妙な監督です。CG嫌いの現物主義。ではリアリズムの人なのかと云えばそんなことはない。
彼が描くのはいつも寓話です。あっけらかんと明け透けに描かれる「現物」がいつも観客の判断を狂わせがちですが、
ノーランの描くものはいつも照度の高い、現実「っぽい」絵面で描かれた寓意をたっぷり含んだ御伽噺のような気がします。

インターステラーで描かれた宇宙というのは、村上春樹が「世界の終わり~」で描いた壁の中の世界のような、あるいは「輪るピングドラム」が描いたような、寓話的な空間ではなかったでしょうか。

『でも僕は自分がやったことの責任を果たさなくちゃならないんだ。ここは僕自身の世界なんだ。壁は僕自身を囲む壁で、川は僕自身の中を流れる川で、煙は僕自身を焼く煙なんだ』

そして恒星間空間(インターステラー)もまた「僕」の中にあるのでしょう。
この映画で描かれるのは恒星までの距離ではなく、終始一貫して故郷までの距離です。


2、故郷から10000光年


故郷から10000光年 (ハヤカワ文庫SF)故郷から10000光年 (ハヤカワ文庫SF)
(1991/04)
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

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郷愁というとなんだか甘ったるい感情のようですが、ティプトリーのこの短編集で描かれるのは、脳を焦がしそうなくらいに
切実で逼迫した、作品によってはそれこそ身体的な痛みをともなうような強い望郷の念です。
タイトルではっきりと示される、もはや手遅れなくらいはるか彼方に遠ざかってしまった、故郷。
インターステラーでマコノヒーの絶望に共感した方なら、この短編集に描かれた「絶望的な郷愁」に感じ入るかと。
ティプトリーが描くのは冷たい絶望だけではなく、それでも故郷を目指す強い意志です。
「故郷へ歩いた男」という短編は、いま読み返せばきっと主人公の顔がマコノヒーでしか思い浮かばないでしょうね。

3、海を失った男


海を失った男 (河出文庫)海を失った男 (河出文庫)
(2008/04/04)
シオドア スタージョン

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宇宙から帰還しようとする男の話、といえばもう一本、スタージョンの「海を失った男」を忘れるわけにはいきません。
ここではティプトリーの作品よりもさらに純粋な形で、強い意志の力が描かれます。
望郷の念というよりも、もっと剥き出しな、死や、理不尽な運命に抗う、意志。
SF界随一の文才家と呼ばれたスタージョンが、超絶技巧を惜しげもなく振るい、最高にエモーショナルな瞬間へと
読み手を導きます。
わたしは何度読んでもこの短編の最後でボロ泣きしてしまいます。

4、中継ステーション(クリフォード・D・シマック) 絶版

じつを云うとインターステラーでいちばん「うわぁアメリカのSFっぺぇ!」と思ったのは冒頭のコーン畑のシーンなのです。
古き良きアメリカSFの宇宙はいつも、地平線まで広がる畑や、フェンダーに泥のついたトラクターや、移動遊園地の
ジンタと地続きの空間にあるのです。コーン畑の次の瞬間に宇宙に繋がるこの映画の世界観は、すごくアメリカ的だと思う。

中継ステーションはSFの古典ですが、物語は終始、ウィスコンシン州の古い農家で展開します。その農家の中に、銀河系
へと繋がる転送ステーションがある、という筋立てなのです。宇宙に出ても原風景を手放さないぜ、というアメ公のド根性
が感じられて、たいへんに微笑ましいです。

ロン・ハワードの「アポロ13」で、ビル・バクストンがこんなセリフをつぶやきます。
「俺の友達は一生を生まれた街から出ることなく死んでいくんだ。それなのに俺はこんな遠い場所にいる。奇妙だな」
アメリカ人の宇宙観をよくあらわしたセリフだと思います。

5、ねじまき少女


ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)
(2011/05/20)
パオロ・バチガルピ

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個人的にインターステラーでちょっとがっかりしたのは、環境の変化で荒廃し、食糧不足に悩む地球の姿が、まるで
説得力をもって描かれなかったこと。開始早々、ああそういう映画じゃないんだな、と割り切るしかありませんでした。
コーン畑の上をインド軍の無人ドローンが飛んでるあたりで、おお!ヨコハマ買い出し紀行が始まるか!とか思った
んですけどね……。
というわけで「ぼくのかんがえたすごいいんたーすてらー」はバチガルビのこの傑作で補うことにしましょう。
疫病の流行により穀物が壊滅し、同時に石油資源が枯渇。遺伝子操作によって生まれた巨大なゾウもどきに車輪を
まわさせて、そのエネルギーを「ネジ」にためて人々がぎりぎりに生きている世界。
ネジ駆動の人造少女なんてのが出てきて、わくわくします。

6、ぼくがハリーズ・バーガーズ・ショップをやめたいきさつ


80年代SF傑作選〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)80年代SF傑作選〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)
(1992/10)
不明

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ここまで、遥か彼方へと旅し、そして故郷へと帰ろうとする人々の物語をならべてきました。
でもまぁ、現実問題としてわれわれは気軽に宇宙の彼方へと旅立ったりはできないわけです。
じゃあ、どうすんのよ。映画のスクリーンを指くわえて眺めてるしかできないわけ? つまんねぇ人生だな、おい。
そんな人生しか選べないわけ?
いやぁ、でもさ、マコノヒーは事象の水平線の彼方まで旅立ってしまったわけだけれども、タイにでも旅立って、
マングローブの林の真ん中でパスポートと手持ちの現金を焼いたら、似たような気持ちは味わえないかな?
家からいちばん近い駅に行って、そこの路線図を睨みつけて、いちばん遠くにある駅までの切符を買ったら、
まぁちょっとは目先が変わって、新鮮な気分に浸れたりしないかな?
それじゃダメかな?
そんなの冒険とも云えないかもしれないけれど、汗だらけの手に切符をにぎりしめたあなたにはいつでも故郷に帰れる
っていう特権があるんだから。
それはとっても貴重な、他には代え難い宝物なんじゃないかな?

……というようなことを描いた、ローレンス・ワット=エヴァンズの短編を最後に紹介して、この稿を締めたいと思います。
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