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生きながらフリッカーに葬られ

Buried Alive In The Bogus


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『ザ・レイド』 ベアナックルと、石田三成と、ときどきコメダ珈琲

  1. 2013/06/03(月) 00:09:01|
  2. 洋画
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
そもそもこの項ははじめ、映画『ジャッジ・ドレッド』と『ザ・レイド』の関連性に注目し、
いま映画界にベルトスクロールアクションムービーの波がきているという戯れ言を
ほざくつもりでいたのですよ。

10061634692.jpg

ベルトスクロールアクションとは、TVゲームのジャンルのひとつでありまして、キャラクターがベルトコンベアーに
乗っているかのように一方向に進みながら戦っていく、という趣向です。
代表的なものに「ファイナルファイト」がありますが、
わたしはセガ派だったので
画像は「SEGAのファイナルファイト」こと「ベアナックル」のものを使用しております。

さてこのベルトスクロールアクションですが、いくつかのお約束があります。
①、敵はアジト的な場所を占拠しており。
②、その多くは閉鎖空間で、こちらは不利を知りながらそこに突っこんでいき
③、圧倒的多数の敵に対し、こちらはアホみたいな少数で、
④、スクロールしていった画面の最終端にボスがいる。

どうでしょう? 『ジャッジ・ドレッド』や『ザ・レイド』の舞台設定と、ほとんど瓜二つではないですか。
だからわたしはこの二つの映画――とくに『ジャッジ・ドレッド』――を観たときに90年代に帰ったようで嬉しくなり、
だんぜん贔屓したくなり、TVゲーム文化と比較した、軽いタッチの感想で流してしまおうかと思ったのですが。
が。
『ザ・レイド』があまりにも傑作すぎました。
さすが昨年度映画秘宝一位。ナメちゃいけませんでした。そんなわけで当初の予定を変更し、『ザ・レイド』の
素晴らしさについて述べてみたいと思います。

石田三成と三杯のお茶という逸話がございます。
d1a5bb0f.jpg
関ヶ原の合戦のはるか以前、長浜で石田三成がまだお寺の坊主をやっていた頃のお話です。
当時長浜城主であった豊臣秀吉と、三成は運命的な出会いを果たします。
秀吉は鷹狩りのあとで、たまたまこの寺を訪れ、たいそう喉が渇いていたので茶を所望します。
少年の頃から英才だった(と云われる)三成は考えます。あの偉い人はからだを動かしたあとで喉が渇いている
ようだ。そんなときは熱いお茶よりもぬるめのお茶をたっぷりと飲みたいだろう。
二杯目は、さっきよりもやや熱いお茶を、量を少なめに。
三杯目は、とびきりに熱いお茶を、ごく少量に。
そんな風に気遣いと知恵のこもった三杯のお茶を出されて、秀吉は一発で三成の才に気づき、登用した、という
まぁ実話かどうかはかなりグレーな、それでもなにがしかの教訓を与えてくれる素敵なお話です。

素敵なお話ですが、これを逆に考えてみたらどうでしょうか。
三成はたまたま秀吉の目に止まったのではない。
三成は幼い頃から、のちに天下分け目の戦の片棒を担ぐ、天下人になりたかった。
というのはオーバーにしても、滋賀県の田舎の寺坊主で終わる気はなかった。
脱出のための道は、ある日突然開けます。寺に秀吉が訪れる。ぶいぶい云わせてる信長軍の出世頭だ。
この人に気に入られたい。この人の目に止まりたい。
そんな野心や欲望が、そもそも三成の中にあったのではなかったか。
だが世界を欲しても、三成には「お茶」しか武器がなかった。
のちに関ヶ原で西軍80000人を率いる天才は、そのときなにも持たない子供だった。
彼がそのとき用いることができた武器は「お茶」だけだった。
これはそういう話ではないかと思うのです。

前置きが長くなりました。
ええ、すいません。いままでのこれぜんぶ、前置きだったんです。ほんとすいません。一応、続いていますので。
20121104101420.jpg

『ザ・レイド』のお話です。

舞台はインドネシア(これは珍しいインドネシア産映画です)。
ジャカルタの街の一角に、麻薬王が占拠する三十階建てのビルがあります。
中は麻薬王の部下、売人、ジャンキーが入り乱れ、混沌としています。
そこにインドネシアSWATのメンバーが突入し、麻薬王の逮捕を目指す。ストーリーは至ってシンプルです。

わたし、この映画をDVDで二回鑑賞したのですが、一回目はまさに三成のお茶に酔う秀吉の心境でした。
「なにやらストーリーがほとんどあってないような、物凄く単純で、でも凄い映画らしい」という前情報は
入手しておりました。「シラット」という武術で彼らが戦い、それがまた凄いらしいという情報も。

ところが、麻薬王のビルに突入するSWATのメンツ、それなりに防弾ベストなども装備して、小火器も所持して
いるのです。あれ? 素手で、シラットで戦うんじゃなかったの?

おもえばすでに寺の小坊主の術中にはまりつつあったのですが、このときのわたしは
なにも気づきません。麻薬王の潜むビルにSWATが潜入するところではドキドキして、メタルギアみたいだなー
などと呑気に思っておりました。

針が落ちる音にも飛び上がりそうな、ピリピリした緊張感の中(この空気の描き方、上手い)、ついに麻薬王の
部下に彼らの存在がバレ、局面は潜入から一転、派手な銃撃戦へと突入します。
宇多丸師匠のシネマハスラーなどを確認すると、ここの銃器はモデルガンらしいんですが、それなりに重みの
ある、血と命の重さが感じられるいい銃撃シーンだと思います。暗闇の中マズルフラッシュが瞬き、コンクリの
かけらは飛び散り、なかなか楽しませてくれます。これが一杯目のお茶。

潜入がバレたSWATは弾を遠慮無くばらまきながら上の階を目指します。
しかし隣接したビルからスナイパーが彼らを狙っていますし、なんせベルトスクロールアクションですから、
敵の数は無尽蔵で倒しても倒してもきりがありません。早々にライフルは弾切れを起こし、次にハンドガンも
弾切れを起こします。太ももに貼りつけたナイフを引き抜いて、肉弾戦が始まります。
ここでも、ナイフの圧倒的に無慈悲な使い方が目を引きます。太股に、だん!と刺してそのままぐいっと手前に
引く、なんてとても痛そう。このナイフによる殺人もなかなかの殺しのバリエーションに富んでいまして、飽きない
です。これが次のアクションのためのつなぎだなんて気づかずに、最初に観たときは無邪気に喜んでおりました。
これが二杯目のお茶。

さて、最終段階です。ライフル弾切れ→ハンドガン弾切れというじつにロジカルな段取りを経て一段目が終わり、
敵の肩に突き刺したまま取れなくなるという、実に納得なシチュエーションとともに、ナイフとも
バイバイです。銃は弾切れ、ナイフは無くなる。じゃあなんで戦うの。素手でしょ。

さぁ、いまだ、三杯目のお茶だ。

ここまで実にロジカルなシチュエーションの変遷の積み上げにより、映画はたったひとつの選択肢を取らざるを
得なくなるのです。素手で戦う、という。一回目に観たときは、この典型的「男燃え」シチュエーションにひたすら
わくわくしておりました。

だけど、二回目に観てみたら……。
やられたわ。これ、どう考えたって素手で戦うのがメインの要素だわ。
というか、よーく観てみると……周到にチープさを隠してはいるけれど……。
ビルの中という限定された閉鎖空間という舞台も。
モデルガンを使った銃撃戦も。
それなりにのどごしよく、気持ちよく味わったけれど、それはあくまで前振りにすぎず。
「シラット」という、この映画を作った人々が持つ唯一オリジナルの武器
たった一本の映画で、ワンチャンスで、いかに効果的に見せるかということだけに心砕かれた映画だと気づき。
三成の三杯のお茶に膝を打った秀吉のごとく、やられた!という気分になったのです。

「えっ、そんなのわかってることじゃない。シラットがウリの映画なんだからわかってるでしょ」と思うあなた。
この映画を観ていませんね。この映画の真に恐ろしいところ(そして素晴らしいところ)は、ここまで理詰めで
主役たちの両手から得物を奪い、素手にしたにも関わらず、途中で山刀(マチェーテ)を抱えた敵が現れると、
じつに無造作に主役がシラットを横に置いてマチェーテでチャンバラをやりだすところにあるのです。

それによって、観る者に迷いが生じるんですよ。「あっ、シラットだけじゃないんだ。また武器を持って戦うんだ。
ひょっとしてまた銃を持ったりするのかな」。そんなことを思ったりもするんですよ。
これがじつに巧妙なフェイクなのです。
そんなことはないんですよ。なんだかんだでシラットがウリの映画なんです。
この映画の制作者にそれ以外の武器はないんです。それでも「それ以外の選択肢」を常に観客の頭の中に
置くことで、観客の脳裏に描かれる「次のアクション」は無限の選択肢を生むことになります。
これは上手い!

実に単純な筋書きにも関わらず、本当に観ているあいだはらはらしっぱなしだったのは、
三杯目のお茶という切り札を出したあとで、一杯目や二杯目をまた出したっていいんだよ?
という制作者のブラフがじつに有効に作用していた結果でしょう。
そんなにお金がかかっているわけではないけれど、見事な映画だと思います。脱帽です。
『ザ・レイド』。もはや観ていないって人はあまりいないでしょうが、お薦めです!


以下、蛇足


今年、劇場で観て本当に楽しかった映画に、ジャッキー・チェンの『ライジング・ドラゴン』があります。
本当に観客を全力で「楽しんでね!」と迎え入れてくれる映画で、ジャッキー映画のホスピタリティの高さに
つくづく感動したんですけれど、
ザ・レイド』が石田三成の三杯のお茶だとしたら。
『ライジング・ドラゴン』は名古屋のコメダ珈琲だなぁ、と思いました。

福岡に住んでいるのでコメダ珈琲に寄ったことはないんですが。
朝11時までに入るとトーストとゆで卵が無料でついてくるらしいとか。
ドリンクにはサービスで豆菓子がついてくるとか。
新聞や雑誌がいっぱい置いてあって読み放題とか。
いまどきセルフじゃなくて店員がフルサービスしてくれるところとか、ね。

「いえっ、そこまでしていただかなくても」と客が恐縮する過剰なサービス。
それがジャッキーっぽいなって。

こころからの善意から始まる、圧倒的な過剰なサービス。
理性と知恵、そして欠乏が生み出す寸鉄人を刺すピンポイントなサービス。
サービスを受ける側としてはどちらも嬉しくなっちゃうなぁ、という、そういうお話でした。
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